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あなたにとっての「生命」は?夏のホタルに教えられたいくつかのこと

合成生物学は何を生みだすのか

小さくて儚い、けれど重たい

もう数十年も前のことだが、掌で一匹のホタルを死なせたことがある。べつに潰したわけではなく、ただ包みこむようにして、その光る様子を眺めていただけだ。

ところが、その光はみるみるうちに薄らいでいき、やがてホタルそのものも、ぐったりしてきた。慌てて草むらに戻したが、回復する様子もない。そのまま、ぽとりと地面に落ちてしまった。

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じゅうぶんに分別がついているはずの歳だったから、これは恥を忍んでの告白ということになる。どうやらホタルは熱に弱いらしい、ということを後で知った。人間の掌ですら、彼らにとってはフライパンのようなものだという。もっとも、これを科学的に検証した信頼できる報告などは、僕が探した範囲では見つからなかった。熱ではなく、単に捕獲されたことによるストレスなのかもしれない。

いずれにしても、あっけない死だった。もともと、はかない印象のあるホタルだが、これほどとは思わなかった。僕は少なからず衝撃を受け、深く反省した。今でも梅雨の季節になると、一度は脳裏を過(よぎ)る。逆に言えば、一匹のホタルの命が、それだけの重さを持っていたということだ。

この時以来、ホタルのいるような森や水辺には、何かおぼろげで弱々しく、生命になり切っていない存在の気配を感じるようになった。漆原友紀の人気コミック『蟲師』に出てくる「蟲」のようなものかもしれない。

実際、そんな「半生命」みたいなものは、いるのだろうか。

我々の祖先に関する究極の疑問

約四〇億年前、地球が誕生してまだ間もないころに、最初の生命も生まれたと考えられている。この時の生命は、すでに我々と同じような特徴をすべて備えていたのだろうか。たとえば体の内と外を分ける境界があり、ものを食べたり排泄したり、成長したり、子孫をつくったり、進化したりできたのだろうか。あるいは、その中の一部しか、備えていなかったのか。

また、そういう生命は、どこで生まれたのだろう。よく言われるように海の中なのか、陸上なのか、あるいは地下や他の惑星だったりするのか?