科学より「感動物語」を重視する人々〜ケガは高校球児の宿命なのか

球数制限の是非、炎天下の試合の賛否…
原田 隆之 プロフィール

科学的な野球とは

野々村氏は、古臭い根性論を説く一方で、昔のようなウサギ跳びや練習中の給水禁止には反対だとも述べていた。非科学的だからだという。

だとすれば、炎天下での連日の試合に耐えることに、何らかの「教育」的効果があるとの科学的なデータなりエビデンスはあるのだろうか。そこまでしないとヤワでダメな大人に育ってしまうのだろうか。

でも、ほとんどの大人は、高校球児のように炎天下で毎日のように野球をした経験はないだろう。それでも、多かれ少なかれ立派に育っているし、社会は回っている。甲子園に出るようなエリートだけで世の中ができているのではないし、球児たちだけが命の危険があるほどの苦難に曝されるいわれはない。

 

少し話はそれるが、野球と科学といえば、映画にもなった「マネー・ボール」を思い出す。ハーバード大学を優秀な成績で卒業し、心理学と経済学の知識が豊富なビリー・ビーンは、直観や経験に重きを置く古臭いスカウトの方法に疑問を抱き、そこに科学とデータを持ち込んだ。彼の手法は当初、「データなんて何の意味がある?」と嘲笑された。

しかも、彼の評価方法は独特だった。たとえば、従来打者を評価するのは、打率や打点という数字、あるいは長打力や足の速さという能力であったが、それは華々しく目立つもので、直観的に得点やチームの勝利への貢献と関連がありそうだからだ。

しかし、データを分析してわかったのは、それよりも出塁率(たとえフォアボールのような地味な出塁であっても)やアウトにならない確率、そしてフォアボールを選べる選球眼のほうが、重要だという事実だった。

こうしてビリーは、地味で年棒は安いが、選球眼に優れ、出塁率の高い選手をはじめ、データ分析でわかったいくつかの特徴を備えた選手をかき集めた。そうして、貧乏な弱小球団だったオークランド・アスレチックスを一流球団へと育てていったのである。