科学より「感動物語」を重視する人々〜ケガは高校球児の宿命なのか

球数制限の是非、炎天下の試合の賛否…
原田 隆之 プロフィール

炎天下での試合をめぐる賛否

球数制限だけでなく、特に夏の大会では炎天下での試合に対しても賛否が巻き起こっている。

元高校野球監督の野々村直通氏は、ワイドショーに出演し、「暑い中耐えて頑張っている高校球児を見たがっている人がいる。そこに感動する。暑さに耐えることを教えるのも教育だ」との持論を展開していた。

この意見を聞いて、私は古代ローマの闘技場で、奴隷であるグラディエーター(剣闘士)たちの闘いを観て楽しんでいる古代ローマ市民の姿を思い浮かべてしまった。

お盆休みのさなか、クーラーの効いた涼しい室内で、ビール片手にオッサンたちが楽しむために、高校球児は炎天下で耐えなければならないのだろうか。あるいは、それを強いられているのだろうか。

 

そして、それを「教育」という美名で覆い隠そうとしているところが、何とも気持ち悪い。「見たがっている人がいる」というだけで、耐えて頑張ることを強いられるのならば、それは教育というよりむしろ、虐待にすら近い。

球児たちは練習のなかで、日々自らの限界に挑戦し、練習試合や地区大会などでも、すでにいくつもの苦難に耐えているはずである。それでは飽き足らないというのだろうか。最高の晴れ舞台は、一年で最も苛酷な気候のなか、炎天下の真昼間でなければならないのだろうか。しかも、言うまでもなく昨今の夏の暑さは、大人たちが高校生だった時分とは、桁違いに厳しくなっている。

やはり、鈴木長官の言うように、故障なく最高のパフォーマンスが発揮できるような条件こそが、晴れ舞台にふさわしいのではないだろうか。