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戦後最悪の日韓対立で「ある在日韓国人」が心を痛めた「本当のワケ」

「韓国はとんでもないね」と言われても
朴 猿虎 プロフィール

私と韓国と戦争について

まず、私と韓国の関わり、そして、戦争との関わりについて述べておきたい。

私の外祖母(母方の祖母)は韓国人で、韓国が日本の植民地だった戦前に日本国籍朝鮮出身者として、日本で生まれた。当時のことだから、ご多分に漏れず多くのきょうだいがいた。外祖母は9人のきょうだいの中の一番上の女の子だったが、一人、兄がいた。

〔photo〕gettyimages

その兄(私の大伯父)は植民地出身ということで、なかなか徴兵されなかったが、戦況がジリ貧になった1945年(終戦の年)に駆り出され、そのまま南方で亡くなった。

日本人が南方の戦地で亡くなることは珍しいことではない。しかし、その大伯父の遺族が受けた扱いは、日本人の兵隊とその家族が受けるはずの扱いとは異なっていたという。大伯父は、植民地出身者であったため、残された家族は、遺族年金もなにも手にすることができなかったのだ。

 

「戦死した」という通知が一枚来ただけである。彼の家族に遺族年金が支給されなかったのは、太平洋戦争中に従軍した人とその遺族に対する補償を定めた「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の対象者に、旧植民地出身者が含まれていなかったからである。補償の対象は「日本国籍を有する者」に限定されていたのだ。

当時の家族にとっては、長兄を亡くすことは、心情面での苦しみはもちろんのこと、経済面の苦しみにも大変なものがあった。それは、家族の生活の支え手がいなくなるということを意味したからだ。