純粋な悪…19歳で一家4人を惨殺した男の「恐るべき素顔」と「誤算」

圧倒的な悪は、周囲をも染めていく
永瀬 隼介 プロフィール

絞首刑回避のためにとった「手段」

この殊勝な肉声、手紙とは裏腹に、光彦の生への執着は凄まじく、死刑決定後も再審請求を繰り返している。

結果、死刑確定から執行まで、実に一六年もの歳月(永山則夫は七年)を要したわけだが、漏れ伝わる話によれば、弁護人のアドバイスで三度の食事と間食を詰め込むだけ詰め込み元々身長一八〇センチ近い骨太の大柄な身体はさらに大きくなり、体重一二〇キロ超に達したという。絞首刑の回避を狙った肥満化、とのことだが、もちろん無駄な努力に終わった。哀れ、としか言いようがない。

 

関光彦が暮らした塀の外の一九年を追うと、尋常でない暴力と共にあったことがわかる。幼少時から父親の猛烈なDVに晒され、全身に生傷が絶えず、大好きなスイミング教室に通えないこともしばしば。

超の付く遊び人でギャンブルと酒、女が三度のメシより好きな父親は高級外車を乗り回して愛人と遊び歩き、サラ金からカネを借りまくった。家庭はあっけなく崩壊し、光彦が小学四年のとき両親は離婚。父親がつくった借金は億単位にのぼったという。

光彦は母親、五歳下の弟と共に下町の安アパートを転々とした。債鬼に追われ、夜逃げしたこともある。食べるものも満足にない極貧生活の中、小学校は転校を繰り返した。服は一着しかなく、ランドセルの代わりに風呂敷をぶら下げて通うと、クラスメートに「汚ない」「臭い」「貧乏人」と笑われ、イジメの標的となった。

鰻店チェーンを経営する祖父の援助で母親はなんとか生活を立て直すも、光彦は小遣い銭欲しさに一人浅草の繁華街をうろつき、かっぱらい、置き引き、賽銭泥棒を繰り返した。

中学に入るころは身体も大きくなり、口煩い母親を問答無用で殴り倒し、幼い弟に手酷い折檻を加えた。外ではワル仲間とつるんでケンカ、恐喝、窃盗の日々。中二で同い年の不良少女を相手にセックスを経験。以後、少女が住むアパートに入り浸り、盛りのついた猿のように腰を振り続けた。

高校中退後は大恩人である祖父とも衝突。激昂した孫は祖父の左目を蹴り潰している。