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戦前にも名古屋で「検閲事件」…取り締まられたのは「愛国」だった

検閲官に「笑止千万」と書かれ…

名古屋市と豊田市を会場に行われている芸術祭・あいちトリエンナーレの一企画「表現の不自由展・その後」がわずか3日で中止に追い込まれ、「検閲だ」との批判があがっている。

この事件が検閲に当たるかはともかく、名古屋では、戦前にも歴史的に重要な「検閲事件」が起きている。にもかかわらず、このことはほとんど知られず、今回も言及されていない。では、それはいかなる事件だったのか。そしてどのような影響を後世に与えたのか。その知られざる歴史をここに紹介したい。

 

マイナーゆえの悪ノリ

舞台となったのは、アサヒ蓄音器商会(以下、アサヒ)というレコード会社である。

同社は、名古屋圏最大のコンツェルンであった神野財閥の新事業として、1925年に設立された(前身の大和蓄音器商会は1923年設立)。首都圏・関西圏以外では、唯一存在したレコード会社だった。

本社は名古屋市東区に置かれ、ありし日には、市電を降りると「ツル印レコード」と書かれた高い煙突が見えたという。ツルレコードは同社の代表ブランドであり、その名前は同市の鶴舞公園に由来した。

もっともその経営は、鶴のように軽やかに飛翔とはいかなかった。会社の規模が小さく、中京圏という場所も不利に働いた。なにせ、レコードに吹き込む歌手も芸能人も、ほとんど首都圏・関西圏に住んでいたからである。

そこで、アサヒは一計を案じた。歌手や芸能人が東西に移動するとき、名古屋に立ち寄って録音してもらったのだ。新幹線のない時代、途中の名古屋で一泊ついでに仕事をしてもらうというのは、実にいいアイデアだった。

さらに同社は、大手に埋没しないように、時代の波に乗りながら、常に先端的な企画で勝負した。エロ・グロ・ナンセンスの時代にはエロ歌謡を、不穏な時代には時局歌謡を。悪ノリ、パクリとも思える企画もときに辞さなかった。