日本の軍部は、こうして言論を統制した〜基準を作り忖度させる巧妙さ

大衆は神である(64)
魚住 昭 プロフィール

「大いに努めたものだよ。演習地までの汽車の中から、やれ酒だ、ウイスキーだ、葉巻だと、これ努めたものだよ。この連中のご機嫌を損ねたら、予算はうんと削られるのだからね。ところが、“このあいだの海軍の演習はいたれりつくせりだったな”と、大きな声で、あたかも陸軍の接待はなっとらんというように言う奴がいるのだよ。嫌な奴だと腹が立ったが、機嫌を損じては予算に響く、と細かく気を配るのだが、われながら惨めな感じがしてね。実に不愉快だった」

はき出すように不機嫌な顔つきでMは言うのだった。

「ところが、このごろは何でもかでも報道部へ聞きにくるのだ」

いまや軍の全盛時代が来ている、とはっきりは言わなかったが、そんな臭いをたぶんにまき散らしている、ものの言い方だった。

 

いまや我が世の春

Mはつづけた。

「パーマネントがけしからんという世間の声は、君たちも聞いているだろう。ところが、どの程度のものがけしからんのか、それとも全面的にいけないのか、美容師の組合でもわからないのだね。そこで組合から警視庁に伺いを立てたんだよ。だが、警視庁だってそんなことはわからない。あちらこちらに問い合わせても、結局わからない。とどのつまり、報道部へ聞きにきたのだ」

M大佐の声はだんだん大きくなっていた。得意な顔つきだった。

「報道部には人間がそろっている。そこにいるF中佐よ」

M大佐はF中佐を指さした。ひげのF中佐といわれたほど、顔の下半分は口ひげ、ほおひげで埋まっていたが、目が細くて目尻が下がっていた。

「女のことならFがよかろう。これは部内全員の認めるところだ。あの男は女が好きだからなあ。Fは美容師全員に集まるようにと組合幹部に命令を下した。そこで時局講演を一席ぶった。その後で組合幹部から提出させたパーマネントのいろんな形の写真を“この程度ならよかろう”とか“これはけしからん。断固禁止だ”とか写真で一枚一枚判定を下したのだ。これが基準になった。今日、東京の女性のパーマネントはこのFの判定にパスしたものだけになっている」

辻は言葉もなく、Mのご高説を拝聴しているよりほかなかった。女性の頭髪の形まで軍部によって握られている。これ自身は小さいことだが、軍の我が世の春の象徴でもあるのだ。