日本の軍部は、こうして言論を統制した〜基準を作り忖度させる巧妙さ

大衆は神である(64)
魚住 昭 プロフィール

これは何だ!

呼び出したのは報道部の鈴木庫三(くらぞう)少佐(のちに中佐)だった。

大竹も辻も鈴木少佐の机の前に立たされた。鈴木は椅子にかけていたが、2人には座る椅子もなかったので、立ったままでいるしかなかった。日に焼けて黒い顔をしていた鈴木は、いがぐり頭で鋭い目をしていた。いかにもどぎつい男といった感じだった。

大竹と辻が名刺を出して、出頭した旨を述べると、鈴木の最初の言葉は、

「これは何だ!」

という罵声だった。声がしゃがれていて妙な威圧力があった。鈴木は1冊の『サンデー毎日』を目の前に出した。が、何を詰問されているのか、とっさにのみこめず、大竹は「はあ」と返事に詰まった。

「この表紙の絵だ。頭に物をのせて歩く。これは朝鮮の風俗だ。日本には古来からこんな風習はない」と、鈴木は決めつけた。大竹も辻もびっくりして少佐のいかつい顔を見た。

冗談じゃない。表紙の絵は大原女を描いたものだった。

「これは、京都の大原女です」と、大竹はあまりの意外さに思わず声を弾ませた。辻も「伊豆の島にも、頭にものをのせて歩く風習が残っています」と、つい口をすべらせた。

鈴木は大竹らの返答をひと言も耳に入れてないようだった。「うん」とも「そうか」とも言わなかった。

 

お前たち

次に目の前に出したのは昭和15年8月4日号の表紙絵だった。赤い模様のあるネッカチーフのようなもので、頭髪を包み、アゴの下で結んでいる女の絵だった。

「これも外国の風習だ。こんな惰弱(だじゃく)な、日本古来にないものを、どうして表紙絵に使うのだ。表紙はどの号も女の顔ばかりじゃないか。こんなものは前線の将兵に送れない。兵隊の志気がゆるむばかりだ」

大竹は「しかし、前線では非常に歓迎されているらしいのです。慰問品として大口に申し込みもありますし、ずいぶん喜ばれているのじゃないかと思っています」と、弱気に答えた。

鈴木はそれを黙殺し、「そうか」とも「それがいけないのだ」とも言わなかった。自分の言葉を一方的に押しつけるだけで、大竹らの返事には反撃も加えなかった。

それはそうだろう、軍隊では上官の命令に異見を差しはさむ余地はまったくないのだ。反対とか釈明などはもってのほかだった。