ITベンチャー「背任事件」への関与を疑われて…ある記者との攻防

東京マネー戦記【19】
森 将人 プロフィール

「君の立場が危なくなるぞ」

Q社とのつき合いは、5年ほど前からだった。ある海外企業を買収するにあたって、Q社の資金調達に関わったことをきっかけに、当時まだ財務担当役員だった今の社長から、何かと相談を受けるようになっていた。

積極的に事業を拡大していく姿勢で知られ、マスコミでもてはやされた時期もある。その後社長に上りつめたカリスマは、資金の使い方によからぬ噂が絶えなかった。会社の資金を個人資産に流用しているというインターネット上の書き込みは、ぼくも読んだことがある。

 

直接会ったことは、数回しかない。いずれも顔を合わせた程度で、そのうちの一度が三浦海岸の別荘だった。

しかし個人的に誘われたわけではない。インフルエンザになった部長の代わりに、急きょ人数合わせで使われたに過ぎない。元財務担当役員だけに、財務に細かかった記憶がある。

なぜそんなことを野木が知っているのか。メチャクチャな内容だけに、話がどこにつながっていくのか想像のつかないところが気持ち悪かった。

「もし君が関係ないのなら、はっきりさせておかないと、責任を押しつけられかねないぞ」

「関係あるわけないだろ」

ある日の帰り際だった。偶然会社の近くまで来たという野木から、呼び出しの電話が入っていた。

「別荘に行ったというのは本当なのか? もしそうなら、自分から関係ないことを公表するくらいじゃないとまずいぞ。検察は誰かを挙げないと収まらないし、Q社としては、社長が外部の人間と個人的な犯行に及んだことにしておいたほうが被害は少ない。

いいかたは悪いが、証券会社の人間ならやりかねないと世間も納得する。ストーリーを作るには、君が一番手っ取り早いんだよ」

「作り話もいいところだ。まさか、君もそんな話を信じてるんじゃないだろうな?」

「俺が信じるかどうかは関係ない。メチャクチャな話も一回報道されれば、世間はそう見るようになる。そうなったら終わりだ。君の社内での立場だって危なくなるだろう。実際のところはどうなんだ? いったいあの会社で何が起きてるんだ?」

「そういわれてもな……」

「話せないことが多いのはわかってる。でもこうなったら、どうやって自分の身を守るかのほうが大事なんじゃないか。君も子どもがいるんだろ?」

野木の言葉に、ぼくは二人の子どもを抱く妻の表情を思い浮かべた。

Q社は、中核となる事業を売却することで、株主の理解を得ようとしていた。あわせて社長の退任も発表する予定だ。たしかに家族を守るためなら、Q社の次の社長が誰になるかなどは、どうでもいい話だった。

「わかった。少しだけ時間をくれないか?」

「どうしようっていうんだ?」

「考えたい」

「考えてどうするんだ? 気持ちは固まってるんじゃないのか?」

「何を守るべきかという整理はついてる。ただ自分で決めなきゃいけないこともある。何が正しいか考えてみたいんだ」

他人から与えられた情報だけをもとに判断していいことはない。何らかの材料を自分で探り出す必要がある。それは今までの経験から得た教訓だった。

気になったのは、野木の表情が一瞬曇ったことだ。何かを隠している人間の表情だった。

関連記事