17年ぶりに再会した大学時代のエリート同級生は、くたびれた上着を羽織った金融記者になっていた。ディーラーとして実績を積んだ「ぼく」は、彼の取材依頼に快く応じるが、その裏にはある思惑が隠されていた――。
証券ディーラーたちの激動の仕事と人生を描く「東京マネー戦記」第19回。
(監修/町田哲也)
ある新聞記者の取材に応じたのは、2015年のことだった。
数年前に出版したぼくの本を読んだことがあり、マーケットの話が聞きたいという。広報部が用意した応接室のドアを開けると、はじめて記者が大学のときの同級生であることがわかった。
「野木君か」
「やっぱり君だったか。どこかで聞いたことがある名前だとは思ってたんだ」
野木はぼくの名刺を見ると、懐かしそうに目を細めた。
野木は同じ経済学部で、国際金融を専攻するゼミの学生だった。教授同士仲が良く、共同で論文を発表したこともある。学生間でも研究会で議論する関係だった。やや太った印象があるが、ぼさぼさの髪型は昔のままだった。
「財務省に行ったんじゃなかったのか?」
「あんなところはすぐに辞めたよ」
「意外だな。ずっと行きたいといってたじゃないか」
「まあ、入ってみて、やってる仕事に絶望した。今じゃ、あいつらを取材する側に回るなんて、よくわからない人生だよ」
野木はソファに座ると、バッグからぼくの本を取り出した。
「読ませてもらったよ。面白いものを書くなって思ってさ、是非話を聞いてみたいと思ったんだ」
「そんなの、君が相手にしている学術書に比べると、読みごたえがないだろう」
「そんなことはない。マーケットの動く仕組みがよくわかって参考になったよ。官僚にしても新聞記者にしても、自分で金を動かしたことのない連中の集まりだ。実際にマーケットに接している人間の声ほど貴重なものはない」
それはぼくがはじめて書いた本だった。ある雑誌に掲載していたマーケット時評をテーマごとにまとめ直したものだが、地味な内容なので読者からの反応はほとんどなかった。ぼくは自分の書いた本が褒められるのを、照れ臭い思いで聞いていた。
「実はこの度、証券会社の担当になったんだ。基礎的なところから記事を書こうと思ってるから、協力してもらえないかと思ってね」
「もちろんだよ。何も面白いコメントはできないけどな」
それが17年ぶりの再会だった。