「自分の命を失ってでも産みたかった」女性が子どもを堕した日

あまりの喪失感に2年間感情を失くした
徳 瑠里香 プロフィール

「今すぐに堕ろすべき」「絶対に産む」

ところが、ある日の検診で、事態は急変する。担当医の予約がとれず、非常勤の女性の医師がはるかさんの検診を担当することに。その日はたまたまたくまさんも付き添っていた。

はるかさんの急激な腎機能の低下を数値で確認した医師は血相を変えて「今すぐに堕ろすべきだ」と断言。はるかさんは「いや、私は絶対に産む」と食い下がった。

「このまま腎機能が低下すれば、透析どころか、命を落とす危険性もある。子どもも順調に育つとは思えない。残された旦那さんのことを考えて」

それでもはるかさんは、首を縦に振ることはできず、抵抗した。

「私は死んでもいいから、子どもを産みます」

出口の見えない医師とはるかさんの激しい押し問答。隣で聞いていたたくまさんは、パニックを起こし、倒れてしまった。その時、はるかさんはハッと我に返った。

――私が死んだら、残された夫はどうなるの?

 

少し冷静になったはるかさんは、考えた。とはいえ、法律上、中絶ができるタイムリミット(母体保護法にて中絶は妊娠21週6日までと定められている)も迫っていたため、じっくり悩む時間はない。両親や兄、姉に連絡をして相談すると、誰もが口を揃そろえて「今回は産むべきではない」と言う。はるかさんの命が最も大事だ、と。

家族に諭されて、落ち着きを取り戻したはるかさんに医師は「今回は無理でも、腎臓の数値を整えて、万全な準備をしたうえで、もう一度チャレンジをすればいい」と、腎臓病の妊娠・出産における名医がいる病院を紹介してくれた。

はるかさんは夫や家族のために、自分の命を守るために、苦渋の決断をした。

その数日後、会社を辞める日がやってきた。その決断のことを口に出せないまま「元気な子を産んでね」と笑顔で送り出されたはるかさんは、涙で胸を湿らせた。