楽しいからこそ自分たちでルールを決める

戦い方のバリエーションは増えていきます。「裏切り」も流行りました。
3チームで戦う場合、「同盟組もうぜ」とひとつのチームに持ち掛けます。同盟は将来の悲劇を生む協定です。ふたつのチームでひとつを倒せば、残った同盟同士は絶対に戦い合わなくてはなりません。

したがって、「一緒に行こうぜ。攻めようぜ」と2チームで1チームに襲い掛かるように見せかけて、同盟を組んだ相手が安心しきっているときに背後から大将を討ち取とる。それが裏切りです。

「ずるい!」と言われても、「君たちは全員死んでいますから。何も言えませんから」とどこ吹く風。

「あいつら超汚い」「まじでえぐいわ」とさんざん言われますが、「どうせ最後に戦うんだから、今討ち取っておかないとね」とぼくはどや顔で言う。

「あれはなしでしょ」と言われても「戦争にあるなしはないね。勝ったものが強いから。生きててなんぼだから。小早川秀秋みたいにね」と戦国武将の名前まで持ち出すのです。

もうひとつ。例えば、赤、青、黄と3色ビブスでチームが分かれているとき、ひとりだけ異なる色のビブス(紫)を着る子がいました。黄色のチームに「今は仲間だからね」と言って入ります。しかし、実は自立した一匹オオカミ。状況に応じてチームを乗り換えるのですが、討ち取られても助けてくれる保証はありません。

が、大胆に動いたりするので、「生きているほうが面白い」「協力するなら助けてあげるよ」と仲間でもないのに助けに来る子がいます。要するに、ルールを越えた遊び方が生まれるわけです。

このように、子どもたちは自分たちで遊び方、楽しみ方を決める。誰かに決めてもらうのではなくて、自分たちで生み出すのです。

-AD-

泥だらけ汗だらけで遊ぶことの大切さ

彼らは汗みどろになって遊びます。ぼくは体力作りのために運動をしろと言ってグラウンドを走らせることはしたくありません。とにかく、「楽しい」という感情が爆発し、泥だらけになって、汗だらけになって遊んでほしいのです。

体を動かすことは脳の刺激にいいし、集団遊びは人間関係の構築にもなると言われています。発散させるし心が解放されるので、陰湿にはならないでしょう。ただし、ぼくは何かの効果を狙って遊ばせているわけではありません。外で遊ぶことが特段、学級経営に絶対に必要だとも考えていません。

ぼくのなかで譲れないのは、休み時間は子どものものであり、それを奪ってはいけない、ということです。だからこそ校庭に魅力がなければいけない。たくさんの楽しみを提供したいし、対等に真剣に遊びたい。ぼくは遊びでも手を抜かないので「大人げない」と子どもたちによく言われました。

が、ぼくにすれば、子どもたちの聖域にお邪魔させてもらっている。子どもに対していい加減に遊んだり、勝手に遊びを奪うことは大人としてやりたくない。逆に押し付けることもしません。ケガが心配な女の子など外遊びに入らない子どもも受容していました。その子たちとはよく、タカオニをして遊びました。

子どもにとって、休み時間はパラダイス。大人でも休暇を奪われたら嫌ですよね。それなのに、休み時間に補習や、委員会活動やクラブ活動の練習などが入ってくることがありました。学校に時間的な余裕がないのです。次回は、その余裕のなさが先生や子どもを苦しめていることについてお伝えします。

(構成/島沢優子)

Photo by iStock
森田さんの今までの連載はこちら