中国の絶景・世界遺産「客家の土楼」を呑み込む時代の激動

失われゆく故郷と人々の思い
中村 治 プロフィール

客家が生き抜く術

客家は中原から逃れてきた豪族の末裔だと言われる。中央の文化を知っていた人々であったからこそ、世の中で身を立てるには勉学が第一という認識があったのだろう。

土楼では同じ姓を持つ一族が生活を共にしてきたのだが、そこには必ず家庭教師を生業とする人間がいて、子弟の教育に当たっていたらしい。人里離れた山間部の村であるにもかかわらず、科挙制度があった時代には、その合格率は他の地域の何倍にもなったという。

 

今でも土楼の周辺には、中央で官僚となった人物を輩出したことを記念する塔が何本も聳え立っている。その土楼から、天にも昇る人物が出たことを後世の人々に伝えていくために。

実際に、客家は海外に出て強烈に出世した人物を多く輩出しているため、東洋のユダヤ人とも言われる。シンガポールの建国の父であるリー・クアンユー、タイガーバームの創業者胡文虎、台湾総督の李登輝や蔡英文などが有名だ。

中国建国の父と呼ばれる孫文も客家という説があり、現在に続く改革開放路線を主導した鄧小平は四川系客家である。

客家が客家である所以は、その客家語にある。

地域の差はあるものの、彼らが話す客家語は、古代中国語である中原語に、現存する言語の中で最も近いと言われている。とするならば、客家の人々の顔の中に、古の中原人、言い換えれば古の漢民族の面影が探せるのではないか、そんな想いもあり、僕は福建省の客家の村を訪れたのだった。

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