中国の絶景・世界遺産「客家の土楼」を呑み込む時代の激動

失われゆく故郷と人々の思い
中村 治 プロフィール

「初めて写真に撮られた」老人

福建省の山間部には円形の土楼が300棟、方形の土楼が1000棟、その他土楼に類する建築物が1万あると言われている。僕の実感では本当にそんなにあるのだろうかと疑いを持っているのだが、とにかく2008年に世界遺産に登録された46棟以外にも、無数の土楼が山間部に点在している。

林先生が連れて行ってくれた土楼は、ガイドブックには載っていない、人里離れた村にある土楼ばかりだった。村の多くの働き手は都市部へと働きに出ていて、数十家族が住めるような土楼にも、わずかに数組の老夫婦が残されているだけ、というところがほとんどだった。

住民を失い修復されることのなくなった多くの土楼は崩れつつあった。

今では中国の山奥でもカメラ付き携帯が普及しているので、写真を撮られる事も当たり前となったが、2006年当時は、95歳にして初めて写真に撮られたという人もいた。

僕はまだフィルムカメラのハッセルブラッドを使っており、撮影前に試し撮りをしたポラロイドをプレゼントしていたので、どの村でも歓迎された。撮られたい人が列をなしたり、僕を行商のカメラマンだと勘違いした人からは値段を聞かれたりもした。

 

自給自足の生活を続けて来た彼らの顔には、長年の農作業で陽に焼かれ、地層の様に重なった皺が刻まれていた。変化の激しい時代を生き抜いて来た自信と、伝統的な生活様式が失われつつあることへの戸惑いが、同時に眼に宿っているように感じた。

言葉に出来ない彼らの思いが、強い圧力となってカメラに向かって来るようだった。

林先生と共に旅をした2006-8年当時、土楼に残された老人たちは、叶わぬ夢だとは知りつつも、どこかでこんな希望を抱いて生きていたのではないだろうか。都市部へと出て行った子供達もいつかは土楼に戻ってきて、また一家が団結して暮らす賑やかだった日々が戻ってくると。

代々続いてきた故郷を守っているという自負が、彼らの強さになっていた。そこに被写体としての輝きを僕は強く感じた。

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