いい人なのはわかっているけど、その人を心の底からは信じられなくなってしまった――そんなことを経験したことのある人は少なくないのではないだろうか。現在57歳の高田公子さん(仮名)は、10年以上、夫に対してそういう感情を抱き続けていた。それでも、一人娘のためにも頑張って結婚生活を続けようと思っていた。しかし最終的に離婚を勧めたのは、その「一人娘」だったのだ。それはどういうことなのだろうか。離婚について取材を続けているライターの上條まゆみさんが公子さんに聞いた。
娘が大学入学直前に離婚を提案
「もう、ずっと前の話なんですよ。だいぶ記憶も薄れてしまいました」と言いながらも、自身の離婚体験を話してくれたのは、高田公子さん(57歳)。持ち家のマンション暮らし。31歳になる一人娘はとっくに独立。平日はIT企業の管理職として忙しく働き、休みの日はランニングやその他の趣味を楽しむ毎日。すっかり優雅なおひとりさまだ。
公子さんが離婚したのは12年ほど前だが、それ以前から5年間ほど別居をしていた。娘が結婚するまで籍は抜かないつもりだったが、なんと、その娘自身が大学入学直前に「新生活にあたって苗字を変えたい」と言い、離婚届を用意し両親それぞれに判子を押させて、役所に提出してしまった。
「ちょっと変わった苗字だったのでいやだった、と言っていましたが、本心はどうだったのか、よくわかりません。いつか聞いてみたいとは思っているのですが…」
ちなみに、離婚後も元夫と娘、公子さんの仲は良好で、娘の大学卒業旅行は元夫の赴任先のイギリスに母娘で遊びに行った。
公子さんは言う。「人としては、いまでも好き」。それなのに、なぜ別れたのだろうか。
3年交際ののち26歳で結婚
公子さんは短大を出てOLをしていたときに、同じ年でメーカー勤務の元夫と友だちの紹介で知り合い、3年ほど交際してから、26歳で結婚した。すぐに娘が生まれ、公子さんは仕事を辞めた。それがあたりまえの時代だった。
とはいえ、公子さんは専業主婦が性に合わず、出産後、しばらくして娘は保育園に預け、パートタイムで働き始めた。ダスキンの集配、生命保険会社の営業、設計事務所での一般事務。さまざまな仕事に就いた。並行して、いつかきちんと就職する日のためにと、パソコンの勉強も始めた。エネルギッシュな女性だったのだ。
元夫は、平日は仕事が忙しく、土日はサッカーのコーチとして活動しており、ほとんど家にいなかった。
「いまで言うワンオペ育児ですよね。自分ばかり好きなことをして、と不満はありましたが、何しろ家にいないので、喧嘩にもなりませんでした」