N国が話題の中、NHK「常時同時配信」が放送業界全体に与える衝撃

放送の「死」、その先に何が残るか
飯田 豊 プロフィール

というのも戦後、テレビがまだ新しいメディアだった頃、多くの放送局は百貨店の屋上などに仮の社屋やスタジオを設けていました。また、街頭テレビといえば、駅前広場や駅の構内に設置されたものが有名ですが、百貨店の売り場や電器店の店頭などに置かれた受像機にも、黒山の人だかりができていました。東京・中野の丸井本店では、売り場に置かれている受像機の前に集った人びとの重みに耐えられず、床が抜け落ちたという逸話もあります。

国際プロレスリング大会の力道山戦を街頭テレビで観る人々(1955年)

日本テレビは当時、街頭テレビに集まる群衆を撮影したポラロイド写真を中継映像に挟み、「街頭の皆さん、押し合わないように願います」というアナウンスを繰り返したことが、大きな評判を呼びました。放送が集団で視聴されている場にカメラが向けられ、それが再び放送されるという連鎖が起きていたわけですが、これは現在のパブリック・ビューイングにも通じています。

さらにさかのぼれば、日本では大正末期におけるラジオの実験放送、あるいは戦時下(1939〜41年)におけるテレビの実験放送も、百貨店の屋上や催事場などを活用しておこなわれていました(飯田 2016b)。

したがって、「顔が見える視聴者とのリアルなコミュニケーション」を通じて、「新しいメディアの領域を切り拓く可能性」を模索していたのは、草創期のテレビも同じでした。

しかしその後、送り手と受け手の乖離が進行して、キー局はもとよりローカル民放局においても、視聴者とのあいだに一方向的な垂直関係ができあがってしまいました。この硬直した関係をリセットすることができるかどうか――放送文化は戦後2周目に差し掛かっています。

 

放送の「死」、その先に何が残るか

2018年3月に表面化した官邸主導の放送制度改革は、NHKを唯一の例外として、「放送」という特別な枠組みをなくし、インターネット動画配信サービスと同列の扱いにしようという構想で、総務省も寝耳に水だったと報じられました。

政治的公平を定めた放送法第4条の撤廃が焦点とされましたが、同年6月に提出された規制改革推進会議の答申には盛り込まれず、議論はいったん下火になっています。

法学者の林秀弥氏は、2019年の改正放送法によって「放送」と「通信」とを区別する基準がますます捉えにくくなり、NHKの常時同時配信の実態が、放送法上の「放送の補完」という位置づけから乖離する恐れがあることを指摘しています(林 2019)。

そして2020年以降、いわゆる5G(超高速大容量の第5世代移動通信システム)が実用化され、インターネット動画の視聴がますます手軽になったうえ、放送の常時同時配信が定着していくとすれば、利用者にとって放送と通信の境界はほとんど消滅することでしょう。

このような放送の末期的症状が、世論、公共、民意といった概念の足場を掘り崩していることは言うまでもありません。しかし少なくとも、再出発の種は、既に蒔かれ始めています。

ローカル民放局には、キー局や準キー局とは比較にならない経営上の困難がありますが、自由競争市場原理にもとづく安直な規制緩和は、各社が試行錯誤しながら育んできた多様性の芽を摘んでしまう恐れがあります。改正放送法の影響を注視しつつ、慎重な議論が求められます。

参考文献:
近森高明(2013)「イベントとしての「街」」近森高明・工藤保則編『無印都市の社会学 ―どこにでもある日常空間をフィールドワークする』法律文化社
林秀弥(2016)「日本放送協会(NHK)のインターネット活用業務について」日本民間放送連盟・研究所編『ソーシャル化と放送メディア』学文社
林秀弥(2019)「インターネット同時配信時代の「放送」とNHKの受信料制度 ―消費者視点からみた2019年放送法改正」『現代消費者法』No.43
飯田豊(2016a)「送り手のメディア・リテラシー ―2000年代の到達点、10年代の課題」浪田陽子・柳澤伸司・福間良明編『メディア・リテラシーの諸相 ―表象・システム・ジャーナリズム』ミネルヴァ書房
飯田豊(2016b)『テレビが見世物だったころ ―初期テレビジョンの考古学』青弓社
高橋誠(2014)「岡山駅前再開発イオンモールでコンテンツファクトリーを稼働」『月刊民放』2014年7月号