「病院を移って、命が助かった」重病患者たちの驚くべき告白

有名な病院だから、いいとは限らない
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遠慮せずに切り出そう

患者にとっては、自分の病名がわからない状態は生きた心地がしないだろう。その苦しみは、患者の家族も同様だ。

埼玉県在住の近藤昭さん(76歳)の妻・京子さん(74歳/どちらも仮名)はこう振り返る。

「あれは'17年8月のことでした。自宅で夕食を食べているとき、主人が意識を失ったんです。倒れる直前、主人の顔がピクピクと引きつっていました。突然のことでパニックになりましたが、すぐに救急車を呼びました。

その際、救急隊員が脳梗塞の症状が出ていると漏らしていた。運び込まれた先は埼玉医科大学病院。救急の処置が終わって、2週間の入院が言い渡されました。ところが予定されていた入院期間が過ぎても、一向に退院できないんです。

先生にいつ病院を出られるのか聞いても、答えが返ってこない。もしかしたら脳梗塞以外の理由があるのかもしれないと不安がつのりました。

一度は自分で食事ができるほど回復した主人でしたが、面会のたびに意識が薄れて言葉も不明瞭になっていった。物忘れも激しく、認知症のような症状も出始めました。そんな中、先生から『このまま臨終を迎えるかもしれない』と告げられたんです」

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このままでは取り返しのつかないことになる。京子さんは昭さんを埼玉脳神経外科病院に転院させることに決めた。

「発症当時、主人は脳梗塞が疑われていましたが、それだけではなかった。脳の血管にがんができる脳腫瘍を併発していたんです。この病気は発見が難しいようで、前の病院では特定できなかったのかもしれません。

主人の年齢を考えると、手術は現実的な選択肢ではなかった。それでも病名が確定しただけで家族はモヤモヤが晴れるし、覚悟だってできる。転院は意味のあることでした」

 

他にも、胃がん患者だった千葉県在住の飛田みどりさん(78歳/仮名)は最初の入院先である成田赤十字病院で「がんの切除は不可能」と断言され、千葉県立佐原病院に転院。そこで受けた手術が成功し、術後8年延命した。

さらにステージⅣの膵臓がんだった宮城県在住の斎藤雄三さん(58歳/仮名)は石巻赤十字病院で「手の施しようがない」と匙を投げられたが、3年前にがん保険の紹介で渋谷のさくらクリニックに転院。

そこで自分の身体の細胞からがん細胞を攻撃するワクチンを作りだす最先端の治療法を始めた。その結果、一時は4cmまで大きくなった腫瘍が1cm以下に縮小した。現在では抗がん剤治療を続けながらも、自営業を続けている。