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「病院を移って、命が助かった」重病患者たちの驚くべき告白

有名な病院だから、いいとは限らない

あまりに冷たい医者の一言

「あの瞬間は、今でも脳裏に焼きついています。私のカルテと診断書を見た途端、先生が『うわぁ~』と天を仰いだんです。まるで『なんでこんな状態になってからウチに来たんだ』と言わんばかりでした。

私からすれば、肝臓がんが発覚して藁にもすがるような思いで病院に来た。そんな患者に、医者が突き放すような言動を取ったのが信じられませんでした。それと同時に、自分はもう助からないんだと、目の前が真っ暗になりました」

こう語るのは、都内在住の徳田和正さん(63歳/仮名)だ。頼りになるはずの医者に見放され途方に暮れる。徳田さんを襲ったのは、まさにそんな体験だった。

彼の肝臓がんが発覚したのは'15年のこと。もともとB型肝炎に感染したことのある徳田さんは、地元の個人クリニックで定期的な検診を受けていた。

その検査で、肝臓の腫瘍マーカーが1万5000までハネ上がっていたのだ。再検査を受けた結果は、びまん性の肝臓がん。特定の1ヵ所だけではなく、肝臓全体に腫瘍が張り付いていた。

徳田さんにとって、突然のがん発覚は青天の霹靂。焦る気持ちのまま、日本大学医学部附属板橋病院へと駆け込んだ。冒頭は、板橋病院で行われた面談のシーンだ。

彼はその日、血液検査とCT検査を受けて失意のまま帰路につく。再び板橋病院を訪れたのは1週間後のことだった。

「CTの写真を見るなり、先生は『このままでは3ヵ月も持ちません』と断言しました。その言葉を聞いた途端、同席していた妻が泣き出してしまって。

それでも諦めたくなかった。他に道があるはずだと、最先端の治療を実施している病院を血眼になって探したんです」

 

そうして徳田さんが見つけたのが、佐々木研究所附属杏雲堂病院(御茶ノ水)だった。

「大きな病院を離れることは不安でした。でも、杏雲堂病院で先生と面談したとき『大丈夫。治療法はあります』と言葉をかけてもらった。その瞬間、頭の中を巡っていた『死』というワードが吹っ飛びました」

徳田さんが杏雲堂病院で受けたのは、鼠径部から肝臓までカテーテルを通し、直接がん細胞に抗がん剤を打ち込む「動注療法」。この方法に舵を切ったことで、病状は一気に好転した。

1クール目の治療が終わった時点で腫瘍マーカーは5分の1に激減。その後もマーカーは下がり続け、3クール目ではゼロになった。退院後、再発や転移もなく、徳田さんは抗がん剤すら服用しない生活を送っている。