コロコロコミック、コミックボンボンからはじまり、ジャンプ、サンデー、ヤンマガ、スピリッツ……幼少期からあらゆる漫画雑誌を読み漁っていたという作家の高木敦史さん。自分も漫画編集者を目指し出版社への就職を希望するも結果は全滅。その後は就職はせずに漫然とした日々を送っていました。
ある日、大学の先輩が漫画家デビューをした噂を聞きつけ、「漫画編集者になればければ漫画家になればいい」と一念発起。一年かけて絵を学び、ようやく出版社へ持ち込みした原稿を編集者に読んでもらうまでになったものの、思いがけない壁にぶち当たり、やる気をなくます。

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再び漫然とした日々を送るなか、三十路を機に今度は「小説家になろう」と改めて決意し、晴れてデビューというところまでこぎつけましたが……。
作家・高木敦史の珍道中、第2回目です。(第1回はこちら)
「ラノベがわからない」という壁
高木です。前回は私の紆余曲折を経ての作家デビューまで書きました。今回は、しかしそれが次なる迷子の入口であった……という話です。
自分の書いた小説が本になって発売される。それは不思議な感覚でしたし、素直に嬉しい出来事でした。一方で『“菜々子さん”の戯曲』というタイトルは担当編集者のつけたものですので、どこか客観的に状況を見ている部分もあり、発売日が近づくに連れ緊張で眠れない……なんてことは特になかったと記憶しています。
この本は発売前に、ライトノベル初の「発売前ネット全文無料公開」という試みが取り入れられました。その名の通り、発売一週間前から特設サイトで無料で全部読める、というものです。「そんなことしたら売上げが下がるんじゃないの?」と心配する友人もいましたが、個人的には私の名前が「Yahoo!ニュース」に載っておばあちゃんが喜んでくれたので良かったです。
やがて発売日を迎え、すごく売れたらどうしよう……なんて期待もちょっとはしましたが、もちろんそんなにうまくいくはずはなく(過去の経験からしても明白なのに、どうして人は新しい状況に直面すると過度に期待してしまうのでしょうか)――パッとしない感じでした。
全文公開がどの程度影響したのかは知りませんが、たぶんさほど状況の変化には寄与していないと思われます。以降同じ試みが為されなかったことから鑑みるに、手間を掛けた割に手応えのない行いだったのでしょう(その件についてはまた次回で触れると思います)。