首都直下地震が起きたら! 関東大震災の「火災と揺れ」の恐怖

10万5000人が死亡した現場を見よ
武村 雅之 プロフィール

220年前にほぼ同じ地震に襲われていた

関東大震災の220年前、元禄16(1703)年にあった関東地震で、江戸はどういう被害が出たのか。

関東大震災時

江戸では340人が亡くなった記録があります。しかも、火災は起きていませんでした。その頃の江戸は、元禄16年までに墨田川に永代橋と新大橋がかかりますが、それまでは両国橋しかありませんでした。元禄の地震の46年前の1657年に起こった明暦の大火で、死者約10万人を葬ったのが、両国橋を渡ってすぐにある回向院でした。これらなどから、隅田川の東側はほとんど人が住んでいなかったことがわかります。墨田川の東側は湿地帯だったので人が住めなかったのでしょう。

 

その後、水害を防ぐ技術が出てきます。堤防をつくり、埋め立てができるようになりました。そして、隅田川より東側に、人が住める広大な場所が出てきた。しかし、江戸時代は大名の上屋敷等が火災で焼けたときのために下屋敷が多かった。明治になると、大名がいなくなり、区画整理もしないままその地域に一般庶民がたくさん住みました。

隅田川の東側をそのまま水害が起こるところにしておけば、誰も住まず、大正の関東地震で6万9000人も亡くなることにはならなかった。ところが科学技術が進んで、堤防をつくる技術ができた。科学技術は単なる道具なので、人がどう使うかが重要です。科学技術が進んだからといって、人間が幸せになるわけではないということを、関東大震災は教えてくれています。

首都直下地震「専門家5人の警告」
平田直 (著), 武村雅之 (著), 鍵屋一 (著), 有吉章 (著), 齊藤誠 (著)
「30年以内に70%の確率で、マグニチュード7クラスの首都直下地震が襲う」と言われています。また、都心南部直下でM7.3の地震になると、1都3県の面積の約3割が震度6弱以上になってしまいます。
その結果として、最悪のシナリオでは2万3000人が亡くなり、61万棟が全壊・焼失してしまう可能性があるのです。ちなみに関東大震災での死者・行方不明者は、10万5385人と言われています。この企画では、首都直下地震のメカニズム、脅威、軽減対策、そしていかに生き残るかを解説します。「被服廠跡の惨劇」の詳細に関しては、この電子書籍でご覧ください。
武村 雅之(たけむら・まさゆき)
名古屋大学減災連携研究センター客員教授
1976年東北大学理学部地球物理学科卒業、1981年東北大学理学研究科博士課程修了、1981年鹿島建設株式会社 技術研究所入所、2010年株式会社小堀鐸二研究所副所長、2012年名古屋大学減災連携研究センター教授、2018年名古屋大学減災連携研究センター教員・客員教授。2010年から静岡大学客員教授。
日本地震学会、日本建築学会、土木学会、理事、委員。日本地震工学会副会長、歴史地震研究会会長、中央防災会議専門委員などを務める。2007年日本地震学会論文賞受賞、2012年日本地震工学会功績賞受賞、2013年日本建築学会著作賞受賞、2017年文部科学大臣賞(科学技術部門)受賞。
【主な著書】『減災と復興:明治村が語る関東大震災』、『復興百年誌:石碑が語る関東大震災』、『関東大震災を歩く:現代に生きる災害の記憶』、『未曾有の大災害と地震学:関東大震災』、『地震と防災』など多数。

関連記事