娘の彼氏は「刺青」入りだった…「根はいい人」という言葉の違和感

私が面会を拒絶した理由
鷹橋 公宣 プロフィール

この被疑者は、根っからの悪人ではなく、むしろ気さくな雰囲気がする「根はいいヤツ」の部類だったと今でも思っている。しかし、彼が社会に対して示した行動は犯罪であり、たとえ根はいい人物でも咲かせた花や広がった葉は毒だったのだ。

そして、彼の身体や顔面に施された刺青は、毒を象徴している。

根は地中に埋もれ、人目につくことはない。深く掘り下げれば「根はいい」のかもしれないが、人目につく花や葉が毒なら、それは世間からみれば毒草と評価されてもやむを得ないのだろう。

 

「根はいい人」=「悪い人」

「根はいい人」というのは決して褒め言葉ではない。「花や葉の見た目が悪いからこそ、だからといって根まで腐っているわけではない」という一種の言い訳として使用される言葉だ。

そういった意味では、今回、娘はフォローのつもりで私に「根はいい人」と彼氏のことを紹介したつもりだったのだろうが、用法を誤ったとしか言いようがない。現に、私は「根はいい人」と聞かされても違和感を覚えたのみで、「どのようにいい人なのかを会って見極めたい」という感情は起きなかった。

たしかに、心持ちが豊かな人物は魅力的だ。人間の根幹の部分が「良い」とされる人物はとても素晴らしい。

しかし、人物の評価はまず見た目に清潔感があったり、言葉遣いや態度が清廉であったりすることから始まる。「外見は内面の一番外側」といった言葉があるように、人は視覚情報によって他人を「こんな人だろう」と予想するのだ

たとえば刺青を入れている強面であろうと、たとえば犯罪の経歴がある人物であろうと、恋人、家族、友人などにまで威圧的であったり暴力的であったりするわけではない。その姿をみて「根はいい人」というのであれば、さて、花や葉はどうだろう。