娘の彼氏は「刺青」入りだった…「根はいい人」という言葉の違和感

私が面会を拒絶した理由
鷹橋 公宣 プロフィール

私は「時代遅れの老害」なのだろうか

この一連の流れをTwitterに投稿したところ、瞬く間に拡散されてリツイートも1万件を超えた。「当然だ」「反社会勢力のイメージが強い」といった賛同のコメントも多かったが、一方で攻撃的なコメントも決して少なくはなかった。

人間を見た目で判断するなんて、時代遅れの老害だ」、「海外では批判されていない」、「毒親をもった娘がかわいそうだ」、「刺青に対する差別を正すべきだ」……。

私も、ある程度の批判があるだろうとは予想していたが、まさか差別問題にまで言及するユーザーがいることまでは考えていなかった。

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わが国における刺青は、古代では儀礼的なものとして、江戸時代では町衆以下の「粋」の象徴として栄えてきた。また、海外でも美術的な意匠が高い評価を受けている。

だが、江戸時代には罪人の証として刺青が施された経緯もあり、「苦痛もいとわない無法者」のイメージが現代においてなお定着していることもまた周知の事実だ。海外ではタトゥーが広く容認されており、国内でもタトゥーを入れたトップアーティストやアスリートが目立ち始めたとはいえ、やはり刺青にはアウトローのイメージがつきまとう。指定暴力団の構成員などには漏れなく刺青が入っているため、世間では「怖い」というイメージがあって当然だ。

ところが、意外なほどに刺青を容認する声は多かった。ファッション感覚でタトゥーを施している人も増えて、以前ほどの抵抗感はなくなっているのだろう。

 

それでも刺青は基本的に「好きこのんで施すもの」だ。刺青が入った状態で生まれてくる人間なんていないし、幼いころに身体を縛り付けられて施される悲劇的な虐待も稀だろう。

ケガや大きな手術の傷痕を隠すために刺青を施すケースは別として、好きこのんで施した刺青のために蔑視されることを「差別だ」と批判することを、私は甚だ滑稽に感じざるをえない