香港人が本気で「自由」を渇望する一方、日本人を待ち受ける暗い未来

中立思考が日本の言論をダメにする
阿古 智子 プロフィール

日本は本当に平和で自由なのか

香港の情勢を脇目に見ながら、私は日本の行く末を憂えている。日本は表面上、平和で自由に見えるが、実態はどうなのか。

例えば、愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」において、公立美術館などで撤去された作品を、その経緯とともに展示していた「表現の不自由展覧・その後」が中止に追い込まれた件について様々な意見が出されているが、まずもって、展示の内容に反対するのにテロ予告や脅迫と取れるような抗議の電話やメールが殺到しているという事実に、私は日本人として大変恥ずかしい思いがした。

異議があるなら、暴力的な言葉をこそこそと投げかけるのではなく、正々堂々と理性的に、自らの考えを表現すればよいことだ。

 

本展示には、韓国の彫刻作家が製作した「平和の少女像」(慰安婦像)や昭和天皇の写真が燃えているように見える写真の作品もあった。作品が制作された経緯や作品を観る人に与える不快さを問題視している人がいるようだが、「心地よさ」や「不快さ」の感じ方は人によって異なる。

明確に多くの人間の心身に害を与えることが証明できるのであれば、法的に表現を規制すればよい。名誉毀損やヘイトスピーチによる具体的な被害があるのなら、裁判を行うこともできる。

「平和の少女像」が話題になること自体、社会に悪影響を与えると考えている人もいるようだが、十分な議論が行われた上でそのような結論に至ったのか。

昨今の日本においては、特定の範囲にいる人たちが「不適切」と感じるものを見せようとしない、広めようとしないように、圧力がかけられることが少なくないように感じられる。

さまざまな情報や考え方を知ることができ、その中から自らの欲しているものを見出し、異なる価値観を持つ人たちとの調整をはかっていくことこそが、民主主義の基本である。

それにもかかわらず、教育の現場では「政治的中立」が求められ、選挙権は18歳に引き下げられたが、主権者教育が積極的に行われているようには見えない。

筆者はこれまで、東京や沖縄の教育の現場で話を聞いてきたが、「偏った内容の教育をしていると言われるのが怖くて、論争になっているテーマを教えることは避けようとしてしまう」といった話を多数の教員から聞いた。

このような状況で、若者の政治への関心が高まり、投票率が上がるはずがない。7月の参議院選挙では、18歳、19歳の投票率(速報値)は31.3%と、全年代平均の投票率48.8%(確定値)より17.47ポイントも低かった。