小麦はなぜ粉にして食べるのか? 粉が導く"麺"という魅力

進化と食の歴史から小麦麺を読み解く
山田 昌治 プロフィール

小麦の進化と雨

さて、小麦の野生種が生育していたトルコ南東部は、年間降水量が数100ミリ程度しか期待できない高原の砂漠地帯である。

このような不毛の土地で、小麦はどうやって命をつないできたのであろうか。少なくとも水は定常的に欠乏していたものと思われる。

図2に小麦の外観写真を示す。種子の上部に「ノギ」と呼ばれる針状の器官がみられる。また図3は小麦種子の断面写真を示す。表皮が巻き込むように種子内部に食い込んでいることがわかる。これを「クリーズ」と呼んでいる。種子表面が内部まで直結していることから微生物が侵入しやすい構造となっており、身を守るという観点からすると一見不利なようにみえる。

【写真】小麦の穂
  図2 小麦の穂
【写真】小麦種子の断面
  図3 小麦種子の断面写真

以下は筆者の仮説であるが、「植物のいろいろな器官はある目的があって構成されている」という観点からいうと、クリーズは種子が得た水分を毛管吸引力ですばやく種子内部に取り込むためにあるのではないかと考えられる。

「ノギ」は針状の器官であり、一般的には、動物や昆虫から種子を守る、あるいは、動物の毛に付着して種子を搬送する役割があるとされているが、物理学的にいうと針状の構造体は周囲に不平等電界(電位の勾配)を形成するため、空気中の極性分子つまり水分子を引き寄せる能力がある。ノギに付着して液滴化した水は種子まで導かれ、クリーズを通して吸収される。

このような構造によって、小麦が、根から水分の吸収が期待できない季節でも空気中から水分を得ることができる。これが本当だとしたら何というサバイバル能力であろうか。

わが国は年間降水量が多く、特に小麦の収穫期にあたる6月に梅雨があるため、砂漠で進化してきた小麦にとっては、あまり居心地のよい土地ではないようである。

「麦秋」という言葉は小麦の穂が実り、収穫期を迎えた初夏の頃の季節をさす。小麦が熟し、小麦にとっての収穫の「秋」であることから、名づけられた季節だ。俳句の世界では夏の季語である。

ちょうど麦秋は梅雨の時期にあたるため、多量の雨が降ると小麦は驚いて、命をつなぐつもりで穂の状態で発芽してしまう。発芽には多量のエネルギーが必要であるため、収穫した小麦はデンプンが消費されたやせ細った穀粒となってしまう。

【写真】北海道・富良野での小麦収穫
  梅雨季のない北海道は小麦栽培に適した地域とされた。写真は富良野市での小麦収穫の様子 photo by gettyimages

そこで、梅雨季のない北海道は、小麦栽培に適した地域として、小麦の栽培が促進された。その後、わが国の優秀な農業技術者の尽力により、北海道以外の地域でも多くの優れた品種が開発され現在に至っている。