小麦はなぜ粉にして食べるのか? 粉が導く"麺"という魅力

進化と食の歴史から小麦麺を読み解く
山田 昌治 プロフィール

ゲノムというのは、生命体として必要な情報が埋め込まれている遺伝子をもつ染色体のセットのことである。生物は通常、父親(植物ではおしべ)のAゲノムと母親(植物ではめしべ)のAゲノムをAAゲノムとして引き継ぐ。だが植物の世界では、別種のゲノムBBを引き継いで、AABBゲノムになることがある。

AAゲノムをゲノムが二つあるという意味で「二倍体」、AABBゲノムをゲノムが4つあるという意味で「四倍体」と呼ぶことにしている。

四倍体までは野生種で確認されている。現在でも、トルコ南東部からイラク北部にかけての地域でみられる。

現代の普通小麦(学名:トリティカム エスティバム;Triticum aestivum)は四倍体AABBゲノムにさらに別種のDDゲノムがかけ合わされたAABBDDゲノムをもつ六倍体である。DDゲノムは、カスピ海南岸を西端とする地域に自生していたタルホ小麦(学名:エギロプス タウシー;Aegilops tauschii)に由来するものである。

六倍体小麦の野生種がみつかっていないところから、六倍体は栽培によって人工的に作出されたものと考えられた。

日本人研究者が大きく貢献

これら小麦の遺伝学的な研究には日本人が大きく貢献している。

わが国の近代的な小麦研究は、北海道大学の坂村徹博士と木原均博士のグループに始まる。坂村博士は小麦の染色体を精密に観察し、ヒトツブ小麦の染色体の数が14であることを突き止めた。染色体7つでAゲノムに相当する。

染色体は遺伝子とタンパク質の集合体であるが、それだけでは、生命を維持することはできない。「染色体が何セットで、生命を維持し、自己を形成できるか」という最小限の単位がゲノムである。それゆえ、小麦という植物が何倍体であるか、というのはたいへん重要な情報である。

つまり坂村博士の業績は、小麦が何倍体であるかを明らかにしたという点で高い学術的価値がある。この研究が端緒となり、小麦の形質を決定づける全遺伝子の解明につながっていく。

坂村博士の研究を引き継いだ木原博士は、後年京都大学理学部に移り、六倍体小麦は四倍体小麦とまったく別の種の二倍体小麦との交配で生じたと仮定し、実際にアフガニスタン、イランで学術探検を行った。

その結果、野生種のタルホ小麦を発見し、DDゲノムはタルホ小麦由来であると結論づけた。また、この六倍体小麦は人の手によって交配されたものであり、もはや自然界で生き残ることが不可能であることは、19世紀後半、英国のJohn Bennet Lawesが行った長期間の栽培実験により証明されている。

以上の小麦の進化の流れを図1にまとめた。

【図】小麦の進化の流れ
  図1 小麦の進化の流れ。拡大表示はこちら

デュラム小麦の正体

では、現在栽培されている小麦はすべて六倍体か、というとそうではない。

AAゲノムをもつ二倍体が、ヒトツブ小麦としてヨーロッパやアフリカの地中海沿岸で細々と栽培されている。また、AABBゲノムをもつエマー小麦は品種改良され、「デュラム小麦」として、イタリアや北アフリカといった地中海沿岸やアメリカ大陸、中央アジアで広く栽培され、マカロニ、スパゲッティの原料として使われている。

デュラム小麦はパン用六倍体小麦(普通小麦と呼ばれる)とは上述のように遺伝的系統が異なるため、普通小麦に比べて「タンパク質含有量が多い」「タンパク質が硬い」「普通小麦よりも黄色みが強い」といった特徴をもっている。

デュラム小麦デュラム小麦 Photo by Forest and Kim Starr / Flickr

黄色みのもとになっているのは、カロテノイドの一種である「ルテイン」という物質である。このルテインの含有量が、デュラム小麦は普通小麦に比べて多いのである。