画像・映画「八佰」ポスター

中国の「文化発信力」低下を露呈させた、映画をめぐる残念な事件

欠落するソフトパワー戦略

「文化交流」とは名ばかり?

「日中文化交流とよく言うが、実際には交流になっていないのではないか?」

先月まで2カ月ほど日本に滞在した北京のメディア関係者と、そんな話をしたことがある。

北京で映像関係の会社を経営、自らも自由派の言論人と語るこの女性と食事をした時、正直に自分の考えをぶつけてみた。

「日本は古代、中国から多くの文化を学んだ。だが明治維新以降は日本が先に近代化に成功し、多くの西洋の学術用語が日本語に翻訳され、中国にもたらされた。現在も、社会や文化の分野では、日本は中国よりも先進的だ。日本の公衆道徳やきめ細やかなサービスを称賛する文章はネットでいくらでもあるし、中国の『90後』(1990年代生まれ)『00後』ら若者は日本の2次元文化(漫画、アニメ)に夢中だ。」

 

そして「例えば日中アニメ交流などと言っても、中国のコンテンツは『西遊記』など古典ばかりで、宮崎アニメや『君の名は』のような作品は少ない。もちろん京劇などの伝統芸術は素晴らしいが、若者は興味を持っていない。現代中国は世界に通じるコンテンツをどれだけ生み出しているのだろうか?」友人の気安さもあってやや厳しいことを言ったのだが、後日開かれた講演会で彼女も「日中文化交流は実際には日本からの一方通行で、交流になっていない」との筆者の意見を紹介した。

もちろん、中国の現代社会が何も世界に通じる文化を生み出していないということではない。特に映画では、中国は80年代の改革開放以降、「第5世代」と呼ばれる陳凱歌、張芸謀、田壮壮らの監督はそれぞれ「黄色い大地」「紅いコーリャン」「青い凧」など、世界にも通じる名作を生み出した。

こうした名作が生まれたのも、80年代の改革開放で比較的自由で開放的な雰囲気が生まれ、文化大革命で抑圧されていた芸術家の創作意欲が一斉に花開いたからだ。

だが、89年の天安門事件を経て、政治的統制が一気に強まり、例えば新中国建国後の政治運動に翻弄される知識人の悲劇を描いた「青い凧」は1993年に東京国際映画祭でグランプリを取ったが、中国では上映禁止となった。