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閲覧注意…歴史を動かすヤバい書物「奇書」の魅力とは何か

話題の本『奇書の世界史』著者が語る
「かつて当たり前に読まれていたが、いま読むとトンデモない本」に「かつて悪書やフィクションの類と目されたが、いま読めば偉大な名著」まで。そんな“奇書”の数々を取り上げた書籍『奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語』(KADOKAWA)がいま話題になっている。

同書の著者であり、ニコニコ動画やYoutubeで人気の動画「世界の奇書をゆっくり解説」の作成者でもある三崎律日氏が奇書の魅力、そして書籍化に対する思いを語る。

書籍の価値観は時代によって変化する

皆さんは、自分の卒業文集を眺めるとき、どのような感想を持たれますか?

思春期に書かれた文章には、大きすぎる夢、実体のない焦燥、高い自意識ゆえの気取った文体、などなど青臭い要素があふれているものです。思春期を抜けてすぐの年頃に読み返すと、照れくさすぎて読み通すこともできなかった、という話もよく聞きます。

しかしこれが、歳を重ねて「思い出」としてこなれてくると、微笑ましい青春の1ページとして眺められる様になる……。これもまた、同様によく聞かれるお話です。

事程左様に、人一人の人生に限ってみても「文章」に対する評価は移ろいがちです
ましてやそれが数十年、数百年単位の歴史を持つ文章ともなれば、書かれた当初と同等の評価を保つことができるもののほうが珍しいでしょう。

 

例えば、都市や人物の史伝として格調高く著された歴史書は、見栄や誇張が含まれた記述であることがよくあります。逆に商人の残した出納帳や、個人のメモ書きのような、当時としては「取るに足らない」文章のほうが史料としての信憑性は高かったりします。

このように価値が逆転してしまう書籍がある一方で、人の歴史を通じ一貫して高い評価を保ち続けている書籍もあります。これらは明確な事実に基づいている物や、人の普遍的な感性に訴えることに成功しているものなど理由は様々ですが、一般に「名著」と呼ばれることになります。

逆に「奇書」という評価を受けているものであっても、例えば“日本三大奇書”と呼ばれる『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』『黒死館殺人事件は、いずれも生まれた瞬間の「奇書」という評価を変わらず保ち続けているという意味で、著者の描いた世界観を読者にまっすぐ届けることに成功した「名著」ということができるでしょう。

かつて良書とされていたが、現代の価値観から見ればとんでもない内容の書籍。かつて禁書とされていたが、近代科学の礎となった書籍。「奇書の世界史」では、こうした時代ごとの価値観の変化によって評価が様々に移り変わった書籍を「奇書」と捉え、その成立や評価の変遷を追うことを目的としています。