photo by istock
# 企業・経営 # コミュニケーション # アクセンチュア

言い方を間違えれば即炎上…令和時代に必要な「ナラティブ」の力

「企業コミュニケーション」のコツ

平成が令和に残したもの

令和時代の始まりは、「不寛容な時代」の始まりでもある。

平成の時代にもたらされたインターネット。そのインフラの上に生まれたツイッターなどのSNSによって、企業や組織は丸裸にされ、これまでは不可視化されていた声も可視化されるようになった。

このことは、「情報の民主化」という前向きな変化をもたらすと同時に、「ちょっと説明を間違えると大いに叩かれる」という、やっかいな側面も生み出した。

 

「まわりの子がロボットに見えた」ために不登校になったという小学生ユーチューバーは、「不登校の子に勇気を与える」と発言し、両親がそれを容認していると批判が殺到。

「空母いぶき」で首相役を演じる俳優佐藤浩市は、「彼はストレスに弱くて、すぐにお腹(なか)を下してしまうっていう設定にしてもらった」と自身の役柄について話したところ、「安倍晋三首相を揶揄しバカにしている」と炎上した。

その安倍首相にしても、「老後は2000万円の貯蓄が必要」との金融庁発表をめぐる釈明と反論では、まさに火に油をそそぐ事態を招いた。これが企業となれば、さらに枚挙にいとまがない。

「SNS時代なのだから仕方がない。社会の不寛容に対しては開き直るか、危機管理を徹底するしかない」――それももっともな話だ。

不寛容な時代のコミュニケーション

しかし筆者のようなPR専門家から見れば、コミュニケーションの視点で防げた炎上も多いように思える。

想像してみてほしい。

あなたは目の前の聴衆に向かって、まさにスピーチを始めようとしている。伝えたいことはすでに決まっているし、自信の持てる内容だ。

しかし、あなたのスピーチが成功するかどうかは、まだわからない。そう、聴衆を魅了できるかどうかは、内容だけには依存しない。

それは、あなたの「話術」にかかっているからだ。

「不寛容な時代」のコミュニケーションには、この「話術」の要素がこれまでより重要になってくる。

つまり、世の中に対する「語り口」をどうするか、という発想だ。これを、「ナラティブ」と呼ぶ。

ナラティブは「ストーリー(物語)」にかなり近い言葉だが、「ナレーター」の語源でもあって、より「語り口」「話術」のニュアンスが強いかもしれない。

ナラティブのアプローチは、企業広報の領域のみならず、医療や教育、またゲームの世界でも注目されている。患者や生徒やプレイヤーの「没入感」をあげるための技術としてだ。

あえてわかりやすく言えば、何でも無味乾燥に説明されるより、「ドラクエ」っぽく聞けたほうが身になるよね、という話だ。