「本物の聖地」化した京アニの舞台…放火事件から1ヵ月後の今を見る

もはやファンだけが集う場所ではない
岡本 健 プロフィール

「聖地巡礼」の歴史を辿る

京都アニメーションがこれまでに手がけてきたアニメのクオリティの高さは、世界中の受容者から、そして、クリエイターからも高く評価されていたし、制作の環境も充実していた。京都アニメーションのアニメ産業における位置取りや京アニ作品の価値などは、すでに様々な報道がなされている。本稿では、「聖地巡礼」との関わりについて、詳しく述べたい。

アニメ聖地巡礼とは、アニメの背景に描かれた場所を作品ファンが訪れることを指す言葉だ。元来の聖地巡礼とは違い、宗教的な意味は無い。「大切な場所を訪れる」ということから、言葉遊びで名づけられた比喩的な使い方である。

アニメやマンガ、小説、映画などのコンテンツ作品の舞台を訪ねる旅行は、今に始まったことではない。アニメに絞っても、『アルプスの少女ハイジ』(1974年)の舞台であるスイスに旅行に行く人はいた。では、なぜ今、アニメ聖地巡礼が実践としても学問的にも注目されているのか、その一つの要因は、インターネットによる情報の拡がりが重要な役割を果たしていることにある。

アニメ聖地巡礼の「起源」を特定するのは難しい。そもそも、そうした「行動」が始まったのがいつなのかと、聖地巡礼という「名づけ」が行われたのがいつなのかによっても違ってくる。

 

私の調査した範囲では、現在につながるアニメ聖地巡礼文化の始まりは1990年代前半に求められる。具体的な作品をあげると『究極超人あ~る』(1991年)、『美少女戦士セーラームーン』(1992年)、『天地無用! 魎皇鬼』(1992年)などだ。アニメファンへのインタビューによると、パソコン通信を用いてファン同士で聖地の情報を交換していたという。

その後、『おねがい☆ティーチャー』(2002年)の舞台となった長野県大町市の木崎湖に、アニメファンが来訪し、地域の人々とともに清掃イベントや植樹イベント、原画展などを開催して話題になり始める。