大学無償化政策に透ける、エリート大卒層の「上から目線」

「大卒至上主義」の押し付けでは?
吉川 徹 プロフィール

生徒たちも、自分の家の家計状況を正確に理解しているわけではないので、支給額の算出基準となる「住民税非課税世帯」云々ということまでは話題にされない。教員の指導方針としても、今回の学費支援を理由に、就職希望者を大学進学へと誘導することはないという。

印象に残ったのは、教諭の次のような声だ。

「大学進学と地元就職、どちらが善だと考えて指導しているわけではないです。成績優秀でも、安定を求めて地元に定着する子がいます。それを不幸というのは、勝手な第三者の判断だと思います。何が幸せかということについて、官僚たちの変な価値判断を押し付けてほしくない、というのが実際のところです」

とはいえ、大学進学希望者をみると、奨学金貸与を希望する人数は、例年に比べて微増しているそうだ。すでに家計に余裕と覚悟があり、高校入学時から大学進学を希望していた生徒が、運よく新支援制度の恩恵に与ることになる。

 

根強い「学歴至上主義」の価値観

以上のとおり、この教育現場では、就学支援の新制度は、文部科学省が想定するように「経済的な理由で進学をあきらめる若者」に夢を与えているわけではなく、当事者たちには「既読スルー」されている状況といえる。

しかし、もしこの新制度が目論見通りに受け入れられて、低所得世帯の進学機会が拡大すれば、地方県からの若者の進学都市流出が促進されることになる。そうなれば、人口流出を押しとどめ、県内に優秀な労働力を確保していた、従来の地方の「生態系」を壊しかねない。この点で、新制度が「空振り」に終わることで安堵する人さえ、地域社会にはいるのだ。

全国を見れば、必ずしもすべての高校が県立B商業高校のような冷めた受け止め方ではないのかもしれない。しかし校長は「これは地方県ではどこでも当たり前の実態で、本校が特別だとは考えていない」という。就職から大学進学までの幅広い進路をもつこの高校にすら響かないのならば、いったいだれを対象とした支援策なのか。

国会やメディアで一時はあれだけ侃々諤々の議論があったのだが、霞が関は、教育現場のヒアリングや、JILPT(労働政策研究・研修機構)が収集してきた高卒就業者についての各種データの検討などを十分に行わないまま、拙速に政策を進めてしまったようだ。

これまで進学をあきらめていた低所得世帯の子弟が、この制度を利用することで一斉に大学に進学し、令和2年度の高等教育進学率が急拡大する、というようなシナリオは、そもそも政府自身も想定していないのだろう。このままでは高等教育進学支援の7600億円のうち、かなりの部分が必要な人びとに届かず、宙に浮く可能性がある。

政治やビジネスの仕組みを設計・運用している大卒エリートは、今回の経緯をしっかり見究めて、自分たちが信奉する大卒学歴至上主義の価値観を、あらゆる国民に押し付けることのおせっかいさと尊大さを省みるべきだ。

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