自然に生理も排卵もなかった私が奇跡的な妊娠・出産を経て思うこと

「母になる」とはどういうことか
生理も排卵もなかった。それでも、奇跡は起きた。母になり、家族が増えた。高校生のときに産婦人科を訪れ、直面した不妊症の現実――。産まなければ母ではないのか、血がつながらなければ家族ではないのか。長い間、悩み考え、葛藤し、身近にいる大切な人たちの、特別で小さな物語に耳を傾けた。

新刊『それでも、母になる: 生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』(ポプラ社)の「はじめに」を特別公開!「母になる」とは一体どういうことだろうか。

高校生で「不妊症」だと判明

自分の子どもを産めないかもしれない。母になり、家族をつくれないかもしれない。

生まれつき生理と排卵がない私は、高校生の頃から、そんな思いを心のどこかに抱え持ってきた。 

愛知の片田舎で、三姉妹の長女として、両親と祖父母の7人家族、同じ敷地内にいとこ家族、隣にはとこ家族が暮らし、いわゆる血縁・地縁でつながる賑にぎやかな家庭で育ってきた私。

育児を一人抱え込むことなく、働きながら自分の趣味や家族との時間を楽しむ母の姿に、一番身近にいる女性として、小さな憧れのような気持ちがあった。

いずれ私も結婚して、子どもを産んで、自分の家族を築いていく。いつか、母になる。何の疑いもなく、そう思っていたのだ。

そんな未来が当たり前ではないということに気づいたのは、高校生の頃。

16歳になっても初潮がなかった私は、母に連れられ、産婦人科を訪れた。

詳しい検査をすることもなく、気さくな初老の男性医師は「現時点で子どもが産めるか産めないかはわからないねえ。子宮が退化するといけないから定期的に生理を起こしておこう」とだけ診断した。

高度な検査をすれば私に生理がない原因を突き止められるのかもしれないけれど、医師は「高校生の今からそこまでする必要はない」とどんな疾患なのか特定しなかった。

自分が「産む性」であることに実感が伴わず、他人事ごとのようで、動揺するわけでもなく「産めないかもしれない」という事実だけが静かに胸の奥底に染みついた。

産みたいのか、産みたくないのか、産めるのか、産めないのか。

自分の正直な心持ちも、待ち受けている現実もあやふやなまま、その日から定期的に産婦人科に通い、注射や飲み薬でホルモンを投与して生理を起こした。

その後、18歳を過ぎてから「原発性無月経」と診断された。原発性無月経とは、満18歳になっても初潮がない状態を指し、そのなかにはさまざまな疾患が含まれ、かつそれぞれの疾患は稀なものが多いという。

私自身は、自然に生理と排卵が起きることはないけれど、子宮や膣などの機能や染色体等に異常があるわけではなく、その原因となる具体的な疾患はいまだにわからないまま。産める可能性はゼロではないけれど、不妊症であることは明らかだ。