日本人が日韓対立や原発問題で同じ議論を繰り返す「根本理由」

最も警戒すべき「ナルシシズムの病理」
堀 有伸 プロフィール

反原発運動に対する強い違和感

このように主張すると、「日本的ナルシシズム」批判の意図が、「集団主義で個人が軽んじられる日本」を批判することであり、それはつまり日本国政府や企業を批判し、個人主義を保護するための言説であると単純に受け取られる危険性があるが、それは筆者が目指すところではない。

筆者が目指しているのは「ナルシシズム」批判であり、それは場の空気から距離を置くことを許さず、是々非々の判断を行わずに付和雷同することをくり返す態度を批判することである。

このようなことを書くのは、「政府や企業、何らかの権威を批判する言説は常に正しく応援されるべきである」と考えるような、逆方向のナルシシズムと呼ぶべき言説も存在するからだ。

 

「日本国とそれにつながる権威が無条件に正しい」と考える態度を一つのナルシシズムとするならば、それを単純に「日本とその権威を攻撃・批判すれば無条件に正しい」とする態度も、別のナルシシズムであり、そのどちらも批判の対象となるべきである。

例えば原発の問題であれば、放射線の低線量被ばくの影響を過大に喧伝し続ける一部の反原発運動の人々に対して、私は強い違和感を持っている。

また日韓関係において、歴史的な経緯において日本が非を認めなければならない点があると私は考えているが、現在の状況で韓国側の要求をそのままに受け入れることは出来ない判断である。

一切の日本の間違いを認めないかのようなナルシシズムの問題は大きい。

しかしそれを批判する側も自らの間違いを一切認めないナルシシズムに陥ってしまえば、現実社会における影響力のある地位から排除されることに口実を与えてしまい、結局は目指していた権威に対する監視や異議申し立ての作業も行えなくなってしまうのではないだろうか。