日本人が日韓対立や原発問題で同じ議論を繰り返す「根本理由」

最も警戒すべき「ナルシシズムの病理」
堀 有伸 プロフィール

健全なナルシシズムが働く前提は、自分も他者も個人としての存在が確立されていることである。

この場合、他人の中に自分よりも優れた点を見いだして悔しい思いを感じたとしても、相手を尊敬した上で社会的な関係を維持していくことが可能となる。葛藤は心の中に秘められる。

それと比べてナルシシズムの成熟が不十分な場合には、自分と他者の境界は不明瞭となっている。

そして空想上で自分が融合した感覚を持っている他者が、自分が持っていない良いものを所持していることを認識した時に、「自分の良いものがその対象に取られてしまった」という感覚を持つ。そのような場合に人は、死に物狂いでそれを取り返しに行こうとするかもしれない。

個人の価値が評価されず、所属する組織との一体感ばかりが称揚される社会においては、羨望による破壊姓が猛威をふるうことに歯止めが効かなくなる恐れがある。

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全体の空気を重んじることばかりではなく、個人としての精神性が確立されることの価値も同時に認識されるべきだ。個人と集団は対立することがありうる。

その葛藤を、個人と集団の両者が意識の中に抱えられるようになることが精神的な成熟には必要である。そうであるのに、極端に集団寄りか、あるいは反対に極端に個人寄りの言説が目立つ状況には不安を感じる。

なお、「ナルシシズム」は精神分析の実践から強調されるようになった概念で、特定の精神疾患と結びつけられていはいない。

つまり、何ら精神疾患と診断されないような人でもナルシシズムの発達が非常に未熟な場合がありえるし、逆に精神疾患に罹患していても成熟したナルシシズムを有している人がいる。

私には、今回の事件の容疑者に言及することで、精神疾患に罹患している人々を批判する意図はない。

 
注 現代の精神医療においては、「ナルシシズム」や「自我」のような精神分析的な概念の影響力は低下している。このような心の内部の「構造」は、短期間の外部からの観察では評価が困難で、多数例を通じた検証の対象となりにくいからだ。代わりに評価されているのが、外面から比較的容易に観察できる特徴を手がかりに精神症状を点数化し、多数例についてその結果を統計的に検討する手法である。このような現在の精神医学の現状について、それがあまりにも実証的な方面に偏っているとする批判もある。