本論では、現代の日本社会において最も警戒しなければならない心理的な課題が、ナルシシズムの病理であることを主張し、それを乗り越えるための手段について考察する。
一方には健康なナルシシズムというものが存在し、それは正当で根拠のある誇りや自負心・自己効力感を支えるもので、人間が社会生活を営む中で必要不可欠なものである。
それに対して、ナルシシズムの「病理」とは、個人や集団において自己愛の傷つきやすさが過剰に亢進している状況を指す。
自分の美点を他者から承認されることは非常に好む一方で、自分の弱点を直視することに著しい困難がある。
他者との些細な不一致や分離の気配にも耐えることができず、そこに極端に強い心理的な苦痛を感じてしまう。
他者と距離があることから悲しさや寂しさの情緒を感じる感性は発達しておらず、自分と一致しないものに対して明確に自覚できる感情は強い怒りである。
怒りが刺激された場合には攻撃的な言動が現れやすいが、逆に冷淡な振る舞いが選択されることもある。
自分にそのような弱みがあることをうすうす感じているので、常に強い支持や賞賛を与えてくれるような人々との交流を求めるようになる。
このようなものが病理性をおびたナルシシズムの特徴である。このナルシシズムの病理が、現代の日本社会で次第に深刻化しているのではないかという懸念を筆者は抱いている。