戦争に押し潰された、講談社「少年社員」たちの立身出世の夢

大衆は神である(63)
魚住 昭 プロフィール

彼らの要求は、入営の際にはせめて10日ぐらいのまとまった休暇がほしいというシンプルなものだった。前に触れたように、講談社の少年社員は年中無休(正月3日間を除く)で働くことが当然視されており、入営の際でも3日間の休暇しか認められていなかった。たった3日では、日々の労働で疲れた体を休めることもできない。

そのまま戦地に行くことになれば、戦死も覚悟しなければならない。だから、その前に「酒も飲みたい、女も知りたいという切実な要求があったんでしょう。そうじゃないですかね。ですから割合にみんな強硬に突っ張ってきたんじゃないかと思います」と黛は言う。

ストには加わらなくとも、彼らの主張に共感する少年社員は多かった。黛自身も同じ思いだったから、社側との間に挟まれて対応に苦しんだ。3日の休暇を7日に延長するなどの妥協案を提示して、ストを収拾しようとした。

が、重役たちは「その必要はない。社の意にそわない者は辞めてもらう」と突っぱね、争議を起こした少年たちを「一括退社」させた。

 

清三グループの排除

『新聞之新聞』が講談社少年部のスト騒ぎを報じた当日、高木、淵田、長谷川の3重役は清三に退社処分を言い渡している。理由は、清三が「社に居っては、仕事がやりづらい、社内が明朗にならない、社員少年が動揺して困る、日々の怪文書事件、少年部のストライキ等、総て貴下が関係して居る様に思われるから」(清三の手記より)だった。

桐生野間家の関係者のなかでただ1人、講談社株を配分されていた岩崎英祐(桐生野間家の三女・市子の夫)も清三と同じように退社を言い渡された。
清三と岩崎は目白邸を訪ね、左衛の真意を質した。

〈ところが社長の言う所は「少年部のストライキとか怪文書の問題とか、そうした事は聞いて居りません。只どうも清三さんと岩崎さんが居ては高木、淵田、長谷川の三人が仕事がやり憎(ママ)いから退社させて貰いたいと再三再四強硬に言って来るのでそれなら辞めて貰ったらいいだろうと云っておきましたが率直に言えばあなた方は私共ともそうですが、高木等とグル(この意味は同類共謀の意?)になれないからいけないのです、それだから困るのです」云々と臆面もなく斯く言い切る社長の言葉を耳にして私共は再び啞然たらざるを得なかったのであります〉(清三の手記。なお、「同類共謀」云々は清三自身の書き込み)

おそらく3重役は『新聞之新聞』の報道を見て、これ以上、清三グループを社内に放置しておくと、混乱が拡大するばかりだと判断し、左衛もまた、それを支持したのだろう。