免疫抑制剤を投与すれば、拒絶反応を抑えることができる。しかし、それは同時に免疫力の低下に直結する。病原菌、ウィルスなどの感染症を引き起こし、合併症につながるのだ。
つまり医師にとっても、レシピエントにとっても気を緩めることが許されない期間がしばらくつづく。まして手術後、数週間は決して油断できない。
パキスタンで移植を受けた患者が感染症を引き起こした1つの原因は、免疫抑制剤の大量投与が疑われる。
免疫力は極端に落ちるが、移植した腎臓の拒絶反応は抑え込むことができる。手術後は 1日も早く日本に帰国させたいという思惑が見え隠れする。ベルトコンベアを流れる宅配便のようだと書いたのはそのためだ。
イスラマバードに着くと彼らは移植までの間、ゲストハウスと呼ばれる民家で過ごし、移植が終わると再びゲストハウスに戻ってきた。1日中カーテンで閉ざされていて、昼夜がわからなくなっていた。
移植手術も、ゲストハウスから車で20~30分のところにある同じ造りの「クリニック」だった。
移植を受けた1人はこう語っている。
「パキスタンに着いたのも夜、クリニックに行った時も、ゲストハウスに戻ったのも夜、帰りのフライトも夜で、昼間のパキスタンの光景を一度も見ていません」
直接話を聞けた3人に共通しているのは、クリニックに入ったと同時に麻酔を打たれたのか、いつ手術が行われ、どんな手術室だったのかほとんど記憶していないことだ。彼らは自分が宿泊したゲストハウスも、クリニックもイスラマバードのどこにあるのかそれさえも知らない。
日本ではこうした渡航移植を取り締まる法律もなく、Nは堂々と移植希望患者を募り、渡航斡旋をつづけている。
何故こんなことがまかり通るのか。理由ははっきりしている。脳死、心停止によるドナーからの臓器提供が極めて少ないからだ。
2017年の腎臓移植登録希望者数は1万2449人で、実際に移植を受けることができたのはわずかに198人。移植希望者全員が移植を受けるには、計算上では60年以上もかかることになる。
内山さんに何故5年も待たされたのかをNに聞いている。
「まだ10人が移植を希望している」
Nが答えた。順番待ちをしている患者はまだいる。日本での移植事情が改善されない限り、Nは今後も斡旋をつづけるだろう。
渡航移植の闇は深くなるばかりだ。
もう1つ気になるのは、ドナーの健康だ。パキスタンの斡旋組織は日本人患者7人が移植を受けたと私に知らせてきた。さらに手術3日目に日本人患者が室内を歩く動画を私に送ってきた。
移植を受けた日本人が7人というのが事実だとすれば、そのうち4人は重篤な感染症を起こして長期入院を余儀なくされた。内山さんの入院は4ヵ月にも及んだ。
では日本人に腎臓を提供したパキスタン人の健康は保障されているのだろうか。提供後の治療は確実に行われたのだろうか。
ドナーにどれくらいの金が渡ったのか、見当もつかない。
次回はベトナムで移植を受けた患者について書こうと思う。インドネシア、カンボジア、パラオと渡航先が変更になり、最後がベトナムだった。
(最終回はこちら)