(c)2019「天気の子」製作委員会

『天気の子』主人公が「村上春樹訳のサリンジャー」を読んでいる理由

「ライ麦畑のキャッチャー」と帆高の差

【本稿はネタバレを含みます】

『君の名は。』で大ヒットを飛ばした新海誠監督の新作『天気の子』は、公開から11日で観客動員数300万人、興行収入40億円を達成し、上々のスタートを切った

『君の名は。』で新海作品に初めて触れて、今回の『天気の子』を観た方も多いかもしれない。娯楽作品であるし、『天気の子』だけを観て面白かったそうでもなかった、というので全然構わないのだが、新海作品のジャンル的・物語文化的な文脈を踏まえれば、より幅広い視点から作品を鑑賞することができる。ここでそれを押さえた『天気の子』の見方をひとつ提示しておきたい。

 

「セカイ系」とは何か

新海監督作品は、しばしば「セカイ系」という言葉と結びつけられて論じられる。セカイ系とは、1990年代から2000年代にかけて流行した物語類型だ。批評家の東浩紀による定義では、セカイ系とは、

主人公と恋愛相手の小さく感情的な人間関係(「きみとぼく」)を、社会や国家のような中間項の描写を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」といった大きな存在論的問題に直結させる想像力

のことだ(東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』96頁)。代表作として挙げられるのは『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜96年)、高橋しんの漫画『最終兵器彼女』(2000〜2001年)、秋山瑞人のライトノベル『イリヤの空、UFOの夏』(2001〜2003年)そして新海誠の短編アニメ映画『ほしのこえ』(2002年)である。

『ほしのこえ』は25分の短編アニメーションだ。舞台は2046年、中学3年生の長峰ミカコと寺尾ノボルの物語である。地球人は火星の調査隊を全滅させた地球外生命体タルシアンの調査と殲滅を企図する。そのための国連軍に、(なぜか)ミカコは選抜され、制服姿のままではるか8.6光年かなたのシリウス星系までジャンプし、タルシアンと交戦する。

物語の大部分は、二人が携帯電話でメールをやりとりする様子の描写に費やされる。シリウス星系までジャンプしてしまったミカコからノボルにメールが届くためには8年の歳月がかかる。15歳のミカコからメールを受け取る24歳のノボル。

この物語は確かにセカイ系の特徴を備えている。タルシアンとは何なのか、なぜ国連軍は少女を、制服を着たまま戦闘ロボットに載せて戦わせるのか。こういった社会的背景はなんら説明されない。ひたすら、ノボルとミカコとの「きみとぼく」関係のみで物語は進行し、どうにも釈然としない、けれども情動は盛り上がる「存在の肯定」の言葉で終結する。