画像・報徳博物館蔵

二宮尊徳とバフェットに学ぶ「不振企業を復活」させる「意外な極意」

非暴力不服従と仲間のための利益

尊徳はブラック労働で成功したのではない

二宮金次郎(尊徳)の名前を知らない日本人はまずいないだろう。しかし「何をした人なの」「どんな人なの?」という質問に答えることのできる人物はそれほどいないはずだ。

大概の偉人・英雄にまつわる話は、まるで神様のように極端に美化されたり、逆に吉良上野介(忠臣蔵の描写と違って、地元では名君と慕われる人物であった)のように徹底的な極悪人にされてしまう。

だから、偉人伝なるものは眉唾と思って読むべきなのだが、金次郎の場合は、修身教科書の登場回数では明治天皇に次ぐという、文字通り模範的英雄であった。しかし戦後は、「軍国主義教育の偶像」として悪人扱いされるようになった。

 

しかし、どちらも金次郎の実像とはかけ離れている。

世間一般の金次郎に対するイメージは次の3つに集約されるであろう。

1. 薪を背負って歩きながら本を読んでいる
2. 不眠不休のブラック労働の結果金持ちになった
3. 真面目だけが取り柄で、取り立てた才覚は無かった

1は、戦前、ほとんど日本全国の小学校に「薪を背負って本を読む金次郎」の像が設置されていたので、金次郎のイメージと密接に結びついているのは無理もない。しかし、当時は本が大変高価であり、持ち出して外で読むようなものでは無かった(特に貧しい農民であった金次郎にとっては)と思われるので、この話は信憑性が薄いと思われる。

ただし、金次郎が大変な読書家であったのは事実で、農民出身であったにも関わらずたぐいまれな教養人であり、後に多くの著作を残している。

2は、金次郎が寸暇を惜しんで働いたのは事実である。しかし、ただ自分の肉体を酷使して稼ぐだけでは、決して大きな財を得ることはできない。厳しい労働で稼いだ資金を「再投資」、つまり「運用」したことが大成功の秘訣である。

今で言えば、サラリーマンが休日出勤や残業で稼いだ手当をアパートに投資して、さらにその家賃でアパートローンを組むということを繰り返したのだ。

江戸末期に、このような「金融資本主義的」な画期的発想ができたところに、金次郎のすごさがある。