あなたは何も知らない、かつての私と同じ。

私は、愚かにも、叔父が白血病になるまで、原爆の街で、被爆者だらけの身内の中で、のほほんと暮らしていました。核廃絶も遠い話のように思っていました。意識の低い、おばかさんでした。

ここまで隣りあわせなのに、私のような人がいるということは、縁もゆかりもない人はもっとそうでしょう。

叔父や叔母が眠る菩提寺 写真提供/山脇りこ

そのひとりであった夫と、出会った頃、原爆をめぐる話で大げんかをしたこともあります。彼があまりにも、無知だったから(今は、だれよりも詳しいと思うし、叔父の話も一緒に聞きました)。

もちろん、被爆していなくても、白血病や多発性のがんにかかる方はいらっしゃいます。同じ状況で被爆しても元気な方もいらっしゃいます。突き詰めればわからない。

この数年、被爆サバイバーが90代を迎えていることについて、『被ばくしていても長生きだね』とびっくりするようなSNSの書き込みを複数目にしました。

確かにそうかもしれません。
でも、あなたは何も知らない、と言いたくなります。かつての私のように、わかっていないと。

核兵器とは、その瞬間に殺された人々だけでなく、『え?』『これはもしかしてあのせい?』『なんで私が?』『あの日あそこを歩いたのがいけなかった?』と、生き残った人々をも、不安と絶望に陥れる特異な兵器なのです。「恐怖と共に生きることを強いる」兵器。

被曝者は、突然の白血病にはじめて記憶をたどるような、運動家でもなんでもない普通の人が大半です。でも、あれ?と思う病に、20年、30年たって侵されることがある。そこで、改めて震撼するのです。長崎も広島も、あの瞬間の破壊だけでなく、数十年にわたり、無知によるもの含め、犠牲を払い続けてきたのです。