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# 皇室

令和初の8月15日、天皇陛下は「おことば」でいったい何を語るのか

シリーズ 文芸誌「群像」の論点

国民と天皇との間にできた、ある回路

「平成の精神とはなにか」、自分に問うてみる。

そもそも平成に時代精神はあるのだろうか。「ある」し、「これからもある」という強い声が私の体を突き抜ける。そして、「いや、なければならないのだ」との声が、私のなかにこだましている。

その声にみちびかれて、いま私は筆を進めている。

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平成三十一年四月三十日、私はテレビ局のスタジオにいた。文筆を生業としているがゆえに、基本的にテレビには出ないことにしている。出るとしても、これまでは年に三回まで、最低でも三十分は自分の意見を語れるのが条件だと決めていた。それ以上はテレビとは関係をもたない、もちたくない。

「しかし今年も三回の出演になる、もう出ることもないだろうな」

そんなことをぼんやり考えてカメラの前に座っていた。不意に私を突き動かしたのは、譲位に当たっての「おことば」を述べる平成の天皇(明仁)の姿であった。

 

映像の明仁天皇は、自分は天皇として国民と「信頼と敬愛」の関係にあると見ていることを明かした。その上で国民は自分のことを、「〝象徴としての個人”だと見てくれている」と実感していると匂わせていた。文字数にして二百字ほどのうちに、天皇の数多の思いが含まれていることがわかった。

私が突き動かされたのは、「ここに国民と天皇との間に、ある回路ができあがった」と理解できたからである。もっとわかりやすく言うならば、みずからの「卒業式」において平成の天皇が「国民との間に絆を作り得た」と実感していることがわかったからなのだ。