# 官僚制 # マックス・ウェーバー

「ウェーバー先生!なぜ窓口の公務員はやる気がないんですか?」

日常に潜む支配/被支配のパターン
石井 徹 プロフィール

そういう編集者は当然、上司や先輩から怒られます。しかし本人は何とも思わないし反省もしない。なぜなら心の底から「自分は仕事をやり遂げた!」と思っているからです。労働契約書には「漫画をより面白くすること」なんて抽象的な項目は入っていないので、ルーティンワークだけで仕事が終わった気になってしまいます。

 

締切前に原稿を印刷所に送り、発売日までに出版物が出来上がれば「規定」を守っていることにはなる。極端に単純化した例ではありますが、まさにこれは「官僚」です。「ロボット」と言っていいかもしれません。

©Teamバンミカス

どんな民間企業でも売れるものを作ることが至上命題でしょう。知恵を絞り切って商品をつくるのが仕事だと思います。「やるべきルーティンワークは終わりましたから、その部署が赤字になろうが責任はありません」なんて言ったらどこかに飛ばされるのが普通の組織でしょう。しかしこういう人はどの組織にもいるのです。

ウェーバーを漫画にする難しさ

ここまでで「合法的支配」の弊害についてはおわかりいただけたかと思います。残りの「伝統的支配」、「カリスマ的支配」を含む「支配の3類型」をどう組み合わせてどのような物語をつくるか、漫画家の兼久さんと「打ち合わせ」をしていたらビックリしました。「昭和天皇とマッカーサーを出したい」と言うのです。

この漫画の元本『経済と社会』はマックス・ウェーバーの集大成みたいなもので、異常に分厚いのです。「まんが学術文庫」の創刊前から、兼久さんはウェーバーをやりたいとは言っていました。

しかしながらウェーバーの著作、例えば『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の解説本などを読むと、学者によって解釈が違うのです。ただでさえ本文がねちっこくて難解なのに、解釈がバラバラなのは非常に困ります。「はたして昭和天皇とマッカーサーを登場させていいのか?」と心配で、1番詳しい先輩の所に訊きに行きました。

「ああ、大丈夫だよ」

「なんでですか?」

「マックス・ウェーバーって人はね、昔から学者たちが自分の解釈が1番正しい!ってケンカばっかりしてるの。だからその漫画家さんが描いても、その人オリジナルの解釈になるわけだから別に問題ないでしょ」

「なるほど」

ホッとして漫画化を決めた次第です。