ぼくも「親」としてひと勝負するこの夏

この夏、ぼくも親としてひと勝負します。

小学生の長男が、大好きなサメの研究として骨の標本を作ると言い出しました。
ぼくは以前、島の小学校に勤務したことがあります。家族で島に引っ越し、息子は海のある生活を満喫しました。そこでの生活で仲良くなった漁師さんが、サメの頭を送ってくれました。

これが本当に送られてきました。記事の冒頭で少年(森田さんの長男)が抱いていたのはこちらです 写真提供/森田太郎

サメの標本作りは大変です。ほかの魚であれば、煮てしまえば皮や身はとれますが、サメは軟骨動物なので煮ることができません。根気よく、皮や身をナイフで削いでいかなくてはいけません。

これは大仕事です。丸一日付き合わないといけません。
でも、親は自由研究を一緒にやったほうがいいと思います。子どもの自由研究が気になって「やってんの?」と尋ねるのが嫌なので、最初からかかわるようにしています。

長男がサメを好きになったきっかけは、ぼくが赴任した母島での生活です。海で泳いでいるサメを当たり前のように見ることができた。そんな環境で育ったことが大きいと思います。島から戻ってからも、魚やサメが大好きだと言うので家族で水族館によく行きました。そこでさまざまなサメを見て、そのフォルムの美しさに惹かれたようでした。

世界のニュースや映像が流れるナショナルジオグラフィックTVなどのサメ特集を欠かさず見るようになり、サメに関する本を大量に読むようになりました。家で早朝から読んでいる姿も見かけます。

テレビにサメが映ると「あれはね」と名前を教えてくれます。ぼくも妻も「すごいね」と言いながら、「じゃあ、あれは?」「どこに生息するの?」などと質問します。母島の漁師さんが写真を送ってくると、すぐにその種類を当てます。そうやってすっかりサメの専門家のように。彼はサメにはまったのです。

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一方、教員時代は、親御さんたちにかかわってもらいたいのと、子どもたちが一気にやってしまわないようにしたくて、こんな作戦を考えました。

「算数と国語。どちらかを一枚しか進んではいけません。やったら親に丸つけしてもらいましょう。サインもしてもらいます」と彼らに伝えました。

一気にやってしまおうとする子もいるかもしれませんが、そうしてしまうと、それは単なる「作業」になります。何の意味もありません。

すべてではないにしても、夏休みの宿題は学力を伸ばす保証にならないと思っています。

なぜならば多くの場合、進め方、ふりかえりなどの多くが子どもたちに委ねられているからです。保護者が丸つけや、やったがどうかのチェックすることはよくありますが、子どもたちがどのようにその課題に取り組んでいるのか、その部分にコミットしていることは少ないと感じます。

夏休みの宿題にドリル的なものを出すと、一気に片付けてしまう子どもや、ためて、ためて、始業式前夜に片付ける。もしくは、お母さんにガミガミ言われながら、やらされると言うのがオチです。これは前述したように作業です。ここに学びはなく、無論楽しさも存在しません