モノクロ戦争写真の「カラー化」で蘇る、74年前の日常と戦前の記憶

若者が取り組む、記憶の解凍プロジェクト
渡邉 英徳・庭田 杏珠 プロフィール

カラー化と対話でよみがえる「戦前の記憶」

かつて中島地区に住み、現在は廿日市市にお住まいの濵井德三さんから提供された、元写真とカラー化写真を例に挙げよう。濵井さんは原爆投下により家族全員を喪ったが、疎開先に持参していたアルバムが手元に残された。

このカラー化写真を鑑賞した濵井さんは、こう話してくれた(「中国新聞」2018年7月23日朝刊から引用)。

“家族が一堂に会した写真に「本当にきれい。昨日のよう」。かつて広島市内にあった桜の名所・長寿園での花見の場面では、背景の青々とした杉に「杉鉄砲でよう遊んだなあ」とほほ笑んだ。「長寿園までの道に弾薬庫があって幼心に怖かった」と新たな記憶もよみがえった。”

背景に映る杉の木が、着彩によって鮮やかになったことで、濵井さんの「凍っていた記憶」があたかも溶かされるようにして、「杉鉄砲」や「長寿園」といった戦前の記憶がよみがえっている。カラー化写真を見終えた濵井さんは、「家族との楽しい想い出がよみがえったことを、とても嬉しく思う」と語った。

ここで問われるのは、「事実」と「記憶」をどのように扱うかという問題だ。AIによるカラー化である以上、被写体の「本当の色」を忠実に再現できるわけではない。写真の持ち主などの証言によって、着彩の方針は変わり得る。

私たちが、その難しさと予想外の効果を感じた事例が、この高橋久さんから提供された写真だ。上から元の白黒写真(手順1)、AIで自動色付けしたのち、高解像度化を施したもの(手順2)である。

私たちは、高橋さんらの周りに咲いている花を「シロツメクサ」と判断し、花畑の黄色味を弱めた(手順3)。しかし、このバージョンを家族とともに鑑賞した高橋さんは、こう話した(「朝日新聞」2018年8月3日夕刊から引用)。

“一面に咲く花の中で、両親と祖母、弟と高橋さんの5人がほほ笑む写真。「これはタンポポだった」。記憶をたぐり寄せながら高橋さんが指さした。庭田さんがシロツメクサだと思い込んでいた小さな花だ。”

カラー化写真をもとにした直接の対話が、高橋さんの凍っていた記憶を溶かし、「タンポポだった」という想い出がよみがえった。この高橋さんのコメントをもとに、さらに色補正を施したものが、最下段の(手順6)である。

なお、高橋さんは年齢を重ねるとともに口数が減り、このカラー化写真に自身が写っていることを認識しているのかどうかについても、判然としない状態にあった。しかし、カラー化写真を囲む対話の場においては、原爆で喪った両親や弟との楽しい想い出について、活き活きと語りはじめた。

このことから、カラー化写真のみでは高橋さんの記憶は解凍されなかったこと、親密な対話の場こそが、記憶をよみがえらせるために、重要な要素であったことが伺える。高橋さんが過去の記憶を語りはじめ、私たちとの対話が生まれたことについて、同席した高橋さんの家族は驚き、大きな喜びを示した。