モノクロ戦争写真の「カラー化」で蘇る、74年前の日常と戦前の記憶

若者が取り組む、記憶の解凍プロジェクト
渡邉 英徳・庭田 杏珠 プロフィール

戦争体験者の記憶を継承する

一方、庭田は地元の広島において、戦前に撮影された写真をカラー化し、戦争体験者との直接の対話の場をつくりだすことで、実空間における“フロー”を生成する活動に力を入れている。

広島平和記念公園が所在する地区はかつて、4,400人の市民が暮らす繁華街・中島地区だった。そこにあった、現在の私たちと変わらない平和な暮らしは、原爆投下によって永遠に喪われた。

近年、中島地区における被爆遺構の発掘調査が進み、かつての街のようすが明らかになりつつある。この場所で営まれていた生活の息づかいをカラー化で再現することによって、これまで関心を持たなかった人々も、原爆の残酷さを自分ごととして想像しやすくなり、共感とともに受け止めてもらえるのではないだろうか。

そこで、中島地区の元住民に協力を得て、 戦前に撮影された白黒写真をカラー化し、所有者との直接の対話を続けてきた。高齢となった元住民たちを何度も訪ねて、じっくりと対話を重ねながら、下記のようなプロセスを進めていった。

1. 白黒写真の所有者に同意を得る
2. 現物の写真をスマートフォンアプリで非接触スキャンし、デジタルデータ化する
3. 自動カラー化したのちに、高解像度化とおおまかな色補正を施す
4. 白黒写真・カラー化写真のセットを、フォトアルバムサービスにアップロードし、アーカイブ化する
5. 所有者に、フォトアルバム上のカラー化写真をタブレット端末で鑑賞してもらい、写真にまつわる想い出や、当時の記憶を語ってもらう
6. 対話から得られた情報をもとにして、さらに色補正を重ね、所有者の記憶の中の色彩に近づけていく

さらに5・6の工程は、コメントと動画で記録しておく。

カラー化写真を元にした対話のようす。右が庭田

元住民は高齢化しており、今は直接お話を伺える貴重な時である。家族との想い出が詰まった写真をカラー化し、対話することで、今まで思い出せなかった「記憶」が蘇る。私たちはその記憶を「記録」し、次世代へと継承していきたい。

対話を通して、中島地区が、いかに大事な場所だったかを知った。かつての暮らしを伝えることにより、今の人々も、自分と家族に置きかえて考えることができるだろう。そして、各々が考えたこと、感じたことを、みずから発信していってもらいたいと願う。