100年以上経っても変わらない

先にも述べたが、水泳授業を「教育」として行うならば、見学を申し出た生徒に強制すべきではない。

かつて文部省(当時)が、全国の女学校に、女学生たちの生理日を把握するよう通達を出した時代があった。

「富国強兵」のスローガンのもと、将来の母体となる女学生たちの月経を管理しようとした明治時代のことである。

具体的には、「女子は頭を使うと将来の妊娠、出産に差し支えが生じる」という “医学的根拠”に基づき、生理中は数学の試験を受けさせないといった“指導”が行われた。

生理中は試験を免除されることと、生理中でも水泳授業に参加させられることは、対極にあるようで、実は似ている。

教育現場での生理の扱いが、100年以上経っても変わらないのは、長い間、生理について語ることが避けられてきたからだろう。

生理は「恥ずかしいこと」でもなければ、「隠すべきこと」でもない。しかし、「恥ずかしい」「隠したい」という気持ちも尊重しなければならない。

生理について語る語らない、生理中に泳ぐ泳がないは、女子生徒本人が決めることである。