他人と比較して「つらい」なんてナンセンス

ありきたりな着地点ではあるけど、やっぱり「こうあるべき」を減らすことが大切だと思う。というか、「こうありたい」ならともかく、「こうあるべき」なんてだいたいの場合が個人の好みや希望、気のせいでしかない

世の中には、大学を中退して起業した人、20代半ばから大学に入り直した人、40歳で単身海外移住に挑戦した人がいる。もっと広い世界を見てみれば、自分の固定概念が幻想だとも気づけるのだ。

もちろん法律やら公衆道徳やらは気にしなければならないし、生まれ育った環境によって選択肢も変わるだろう。それでも未来はもっと柔軟に選べるものだと思うし、そうであってほしい。

青臭いかもしれないけど、20歳までまともに海外に行ったことがなく、出版社やメディア関係で働いたこともないわたしが、ドイツで文章を書いて生活できているのだ。ちょっと外に目を向ければ、自由に楽しくやってる人だって案外いるし、テレビで取り上げられるような「オモシロイ人生を送っている人」にあなたがなっちゃえばいい

「生きづらい」が出発点の社会なんてまっぴらごめんだ。「こうすべき」とお互いの首を絞めてないで、「こういうのもありだよね」「こうなりたいな」という気持ちが尊重されるようになってほしいと思う。

国籍も宗教もっ年齢もばらばらの環境で知った、「誰かと同じ」ではなく「自分の人生を生きる」という選択肢。それぞれがそれぞれの選択をすればいいということが浸透すれば、「生きる」ことがつらくはならないのではないだろうか Photo by iStock
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