夫が「死ね」と呟くように

苑子さんが気丈に振る舞う一方で、元夫は、どんどん変わっていった。
「真面目な人が壊れると怖いですね。元夫は自分が悪いことをしているという状態が耐えられなかったみたい。なんと、私と息子に毎日、『死ね』と呟くようになっちゃったんです。つまり、私と息子がいなくなれば、彼の正義が守られる

土曜日、元夫と息子を置いて仕事に行き、帰ってきたら息子が「怖いよう」と泣いていた。朝から晩までお経のように「死ね〜死ね〜」と唱えていたらしい。

「ある時なんて、元夫と共通の知り合いと3人で話をしていたら、急に首を振りながら『死ねーっ』って叫び出して。洗脳だか催眠術だかわからないけど、その女性とかかわっていたあの時期、もう本当におかしくなっていました」

それでも苑子さんは、別れようとは思わなかった。

「死んでも別れるもんかって、精神安定剤を飲みながら耐えていました。でも、あるとき3階の窓から下を見ていたら、すうっと吸い込まれそうになって。このまま飛んだら楽になれる、って。ちょうど母が遊びに来ていて、襟首を掴んで引き戻してくれたから助かったんですけど、それでようやく、もうダメだ、家出るわ、って思って、次の日に息子を連れて家を出たんです」

はじめは姉の家に身を寄せ、程なく部屋を借りて移り住んだ。

それでも離婚したくなかった理由

しばらくは母と息子で穏やかに暮らしていたが、別居を始めて数年後、元夫から離婚を求める裁判を起こされた。夫が有責なので、本来は苑子さんが拒否する限り、あちらから離婚はできない。しかし、別居生活が長くなれば話は別だ。苑子さんは慌てた。離婚はしたくなかった。

「一回も会わなくてもいい、お金も一円もくれなくてもいい、だから籍だけは入れておいてと頼んだのですが、いやだ、と……」

実際、精神的にも経済的にも、元夫は必要なかった。必要なのは籍だけだった