フェミニストは「賢い都会の女性」という風潮への違和感

フェミニズムが「枠」に縛られないために
栗田 隆子 プロフィール

「フェミニストじゃないけど…」と言う理由

単純に、フェミニズムやフェミニストに対して敵愾心を持っている人がいるから、というだけでもないのです。むしろインターネットなどでは、性差別をおかしいと語る人、セクハラへの嫌悪を語る人が増えています。

しかし多くの人は、「自分はフェミニストではないけれど……」とか「フェミニズムを勉強したことはないけれど……」といった前置きをつけて恐る恐る話すのです。

 

先ほど私は「フェミニスト」と名乗るのに特段の資格はない、という話をしました。しかし実際には、

「フェミニストでなければ、性差別やセクハラについて語ってはいけない」

そして、

「自分のキャリアを確立し、積極的に社会参加していなければ、フェミニストと名乗ってはいけない」

「学問としてフェミニズムに触れた経験がないと、フェミニストと名乗ってはいけない」

という圧力が存在してしまっているのです。

一体なぜ、そしてどこから、そのような圧力が生まれてきたのか。それこそが、私が抱いている「フェミニズムへの疑問」とも言えるかもしれません。

フェミニズムやジェンダーを学問的に修めた「大学卒の女性」のみをフェミニストとして捉えるならば、あるいは、そのような女性だけが「フェミニスト」と名乗ることができると私たちが思わされているならば、それは結局、「フェミニズムは特別な階層の女性だけのものである」と言っているに等しくなります。

私は、そのような状態に疑問を突きつけたい。

一流大学を出ているとか、一流企業にいるとか、あるいは何か起業をしているわけでもない人、この社会の中で政府が期待するような「活躍」をしているわけでもない人、フェミニズムという言葉さえ聞いたことがない人は、フェミニズムの提起してきた問題に無縁なのか? 否、そんなわけがありません。

公共空間における痴漢、レイプなどの性暴力や、家庭内でのドメスティックバイオレンス、家族内あるいは職場内での性別役割分業、性別によって明らかに賃金格差が存在している現状、夫婦別姓の問題、家族内でなぜ姑と妻が「男性」をめぐって対立させられるのか……これらに無縁な立場の女性が、果たしているでしょうか?