フェミニストは「賢い都会の女性」という風潮への違和感

フェミニズムが「枠」に縛られないために
栗田 隆子 プロフィール

「強くて優秀」じゃなくても

そのような観点から、私がフェミニズムに対して抱いてきた疑問、提出してきた批判とは、どのようなものかお話ししたく思います。

そもそも私のような「非正規労働者のフェミニスト」という存在自体、あまりメジャーではありません。

 

私の初めての単著『ぼそぼそ声のフェミニズム』を、私の尊敬する斎藤美奈子さんが、「朝日新聞」書評欄で「今まで読んだ中で覇気のなさでは1、2を争う」と評してくださいました。

私は改めて「覇気」という言葉を早速辞書で調べてみました。「覇気がある」とは、

(1)ハキハキしている。
(2)野心がある。

という意味、なのだそうです。

みなさんが思う「フェミニスト」は、どんなイメージでしょうか? ハキハキしていて、野心がある人でしょうか。それこそ、

「勉強ができて、大学卒で、仕事もできて、弁が立つ女性」とか、

「夫婦共働きを実践していたり、事実婚で夫婦別姓を主張したりする女性」や、

「フェミニズムを大学で研究している女性」

といったところでしょうか。

もちろん、それは全くの間違いではありません。確かにそのような立場のフェミニストも存在します。特に日本では1980年代以降、学者やキャリアウーマンとしてフェミニズムを主張する女性が目立ってきましたから、その印象は思い込みではないでしょう。

しかし、それゆえにでしょうか。フェミニストであることに資格なんて必要ないにもかかわらず、自分のことを「フェミニストだ」と宣言することには、まだまだ大変なハードルがあるように思えてなりません。