昨シーズンのパ・リーグ本塁打王、山川穂高は沖縄県那覇市出身(photo by gettyimages)

野球王国・沖縄の謎…なぜこの10年でプロ選手が一気に増えたのか?

昨季のパの本塁打王と最多勝投手も

沖縄初の本塁打王始め、27人のプロ野球選手

令和最初の大会となる夏の甲子園が真っ盛りだ。

今大会は、大船渡の佐々木朗希投手が岩手県大会決勝で登板回避したことを発端として、地方予選の最中から球数制限や日程の問題が大きな話題となった。夏の甲子園大会は今回で101回目を迎えるが、高校野球もいろいろな意味でリスタートする時代へと差し掛かってきたことはまちがいない。

そんな大会の優勝予想の報道を見ると、甲子園における戦力的な分布図は、相も変わらず関東、関西、中京地区の強豪私立が幅をきかせているのは今も昔も変わらない。

この傾向は、プロ野球で活躍する選手の出身校を見ても同じなのだが、先日、プロ野球全球団の選手名鑑を見ていて、ある変化に気づいた。

ここ10年で突然変異のようにプロ野球選手の数を増やしている県があるのだ。

日本の最南端に位置する沖縄県である。

現在のプロ野球界におけるホームラン王と聞いてパッと思い浮かべるのは、埼玉西武ライオンズの山川穂高選手ではなかろうか。昨季は47本で堂々のホームラン王、今季も31本(8月4日現在)でトップを走り、松井秀喜以来の日本人による50本塁打が期待されている。山川選手の魅力はなんといっても100kgを超す巨漢に愛くるしいフェイス。近代野球において走攻守の三拍子揃ったスマートな選手が基本とされている中、漫画みたいなキャラクターの山川選手は稀有な存在である。

侍ジャパンに選出された山川。今季も本塁打王のタイトルに向かって打ちまくっている(photo by gettyimages)

そんな山川選手の出身は、沖縄県那覇市。高校は宜野湾市にある中部商で、3年の夏には沖縄県大会決勝まで進むが、この年、春夏連覇を成し遂げた興南に敗れ、甲子園出場はならなかった。岩手県花巻市にある富士大をへて、2013年、西武に2位指名で入団している。

同じ西武には、山川選手と同じ中部商→富士大を経て、2015年にドラフト1位で入団した多和田真三郎がいる。今季はここまで(8月6日現在)わずか1勝と苦しんでいるが、昨シーズンは16勝を挙げ、最多勝投手となっている。

今季の多和田は絶不調だが、昨季は同僚菊池雄星を凌ぐ16勝を挙げた(photo by gettyimages)

また、西武には、意気のいい若武者もいる。7月19日に一軍初登板を果たした試合でお立ち台に上がった入団2年目の19歳、平良海馬投手は石垣島の出身だ。173センチ95キロの樽型の体型ながら最速156kmの剛球を投げる。

現在、プロ野球界には、育成選手を含めて27人の沖縄県出身選手がいる。人数では都道府県別のランキングで10位となるが、人口比率でいえば、ダントツの1位だ。

27人のうち、野手のレギュラークラスが、巨人・大城卓三、DeNA・神里和毅と嶺井博希、西武・山川穂高、オリックス・大城滉二の5人、ローテーションピッチャーが、DeNA・平良拳太郎、ソフトバンク・東浜巨の2人と、現在不調のためローテーションから外れているが、中日・又吉克樹、西武・多和田真三郎、北海道日本ハム・上原健太の3人、中継ぎにオリックス・比嘉幹貴、巨人・宮國椋丞、ソフトバンク・嘉弥真新也、西武・平良海馬の4人は戦力として計算されている。つまり27人中、14人はチームの主力、サブとして活躍しているのだ。

 

沖縄県出身プロ野球選手第1号は、昭和26(1951)年に東急フライヤーズに入団した金城政夫までさかのぼる。そこから68年の月日が流れ、およそ80名弱の沖縄県出身のプロ野球選手が誕生してきた。

とはいえ、20年前、松坂世代がプロ入りするころまでは、沖縄県出身のプロ野球選手の数は片手で数えられるくらいが常態だった。

また、そのなかで球史に残る名選手といえば、投手なら、広島のエースとして活躍し、通算119勝を挙げた安仁屋壮八、打者では、阪急の強打の指名打者として活躍し、1990年には打点王に輝いた石嶺和彦がいる。しかし、この2人以外、大成したといえる選手生活はおらず、あまりに沖縄県出身の選手が活躍しないため、一時は、「沖縄県出身はプロでは大成しない」とまで言われたほどだった。


それが、10年ほど前から徐々に人数が増え、昨シーズンはなんと30人。しかも、一気に2人のタイトルホルダーが生まれたのだ。はたして、この躍進にはどんな背景があったのだろうか、探ってみた。